五月十日(水)丁酉(舊四月十五日 雨のちやむ

 

今日の讀書・・『源氏物語』 を讀みかけてゐるのに、なぜまた、お伽草子かといふ自問自答したならば、それは、『源氏物語』 は難解だけれども、お伽草子はすらすらとくづし字が讀めるやうになつたからですね、きつと。嶮しい山岳地帶を越えて、なだらかな地にさしかかつた安堵といふか喜びが感じられるからでせう。 

一方では 『源氏物語』 といふジャングルに分け入つたばかりですが、必ずや道が開けるであらう希望が消沈しないためでもありますね。 

 

そんなことで、昨夜、これまた書庫から、『国文学解釈と鑑賞 特集=御伽草子』(一九八五年一〇月號) といふ雑誌を掘り出してきて開いてみたら、參考になるのと興味深いので、ついつい一つの對談と二編の論文を讀んでしまひました。そして、やつと、「御伽草子」と「中世小説」と「室町時代物語」の“テクニカルターム”の違ひがはつきりとしました。それは、江戸時代初期の書肆(しよし)の出版事情と噛み合つて名づけられたやうなんです。 

とりわけ注目したのは、ぼくが現在讀みつづけてゐる、『御伽草子』(全二十三册)は、去年十月に大阪の天牛書店から購入したものですが、この一セットが、實ははじめて庶民のために出版されたお伽草子(の複製)なんです。その宣傳文句には、「いにしへのおもしろき艸紙をことことくあつむ。」とか、「いにしへよりの草紙物語の類のこらすあつめ箱入れにして女中身を治る便とす。」とかなんとかあつて、このときから、いはゆるおとぎ話扱ひだつたわけで、啓蒙と教訓ものだつたと言つてもいいでせう。 

 

ところが、この二月に求めた、『増訂 国書解題』 には、「御伽草紙 廿三卷 中世以来の草紙物を編集したるものなり。即ち文章草子、鉢かづき、(略)等以上二十三種より成る。一名を 『御伽文庫』 とも云ふ。」とありまして、もとは「御伽文庫」と言はれてゐたんですね。 

また、この「御伽文庫」を取り上げた最も古い文獻として、どの論文でも取り上げられてゐるのが、『群書一覧』 でして、「御伽草子 二十三卷 一名御伽文庫といへり中古の草子どもをあつめたるもの也撰者つまびかならず。」 

と記されてゐる、肝心のその 『御伽草子(御伽文庫)』(全二十三册) ですが、大坂の書店、澁川淸右衛門が、だいたい享保の頃(一七一六~三六)に出版したものと言はれてゐます。 

 

それはさうとして、お伽草子の研究が進むにつれて、「南北朝から室町時代をへて江戸時代初期にかけてうみだされた物語草子類いわゆる御伽草紙の数は」、三百種とも五百種ともいはれます。で、これらをまとめて、「室町時代物語」とか「中世小説」と呼ぶ研究者が出てきました。そのため、『御伽草子』(全二十三册)を語る場合には、限定して、『御伽文庫』、或いは、「澁川版『御伽草紙』」と呼び、お伽草子全般を問題にするときには、『御伽草子』といふ呼称を用ゐようといふことになつてゐるのが現状のやうであります。ぼくは「お伽草子」と呼ぶことしました。 

まあ、以上が知り得た情報ですけれど、やはりなんと言つても、原文を讀むことを忘れてはなりません。「啓蒙と教訓」を得るために、しかも、「複製」をね! 

ついでに記しますと、ラヂオの 古典講読「お伽草子」への誘ひ》 の講師、徳田和夫先生は、お伽草紙研究では第一人者のやうですね。お見それしました。 

 

*註一・・『国書解題』 佐村八郎編。明治3033年(18971900)刊。古代から慶応3年(1867)までの日本の書物約25000部を、五十音順に配列して解説したもの。 

*註二・・『群書一覧』 江戸時代後期の国書の解題書。尾崎雅嘉(おざきまさよし)著。6巻。享和2 (1802) 年刊。古代から江戸時代までの刊本 1077部,写本 652部を分類解題したもので数種の補刻版がある。西村兼文『続群書一覧』 (92) ,入田整三『参照群書一覧』 (1931) はそれぞれの補訂版である。 

 

それと、體調はかなり良くなつてきました。ほとんどゼーゼーがなくなり、氣分もだいぶ回復しました。そろそろ外出したいけれど、もう少し様子をみませうか。 

 

今日の寫眞・・『御伽草子』(全二十三册)と、今日、五十嵐書店から届いた、天理圖書館善本叢書 『浮世草子集二』(八木書店) です。 

そうだ、横山重さんの 『書物捜索』 が讀み終はつたので、つづいては同じく書物捜索に關する、反町茂雄著 『天理圖書館の善本稀書』(八木書店) を讀みはじめやうと思ひます。 

 

 

五月一日~十日までの讀書記録

 

五月一日 長田弘著 『世界は一册も本』 (晶文社) 

五月一日 「ものくさ太郎」 (市古貞次編『御伽草子』 三弥井書店) 

五月三日 横山重著 『書物捜索 下』 (角川書店) 

五月四日 宮内庁書陵部藏 靑表紙本 『源氏物語〈桐壷〉』 (新典社) 

五月八日 「猿源氏草紙」 (市古貞次編『御伽草子』 三弥井書店) 

五月九日 市古貞次・徳田和夫 「この人に聞く 御伽草紙研究と私」 (『国文学解釈と鑑賞 特集=御伽草子』 一九八五年一〇月號) 

五月十日 藤掛和美著 「テクニカルタームをめぐって」 (同前) 

五月十日 徳田和夫著 「〈御伽文庫〉刊行前後」 (同前)