九月十六日(月)舊八月十八日(丙辰 雨のちやむ 

けふも横になつて讀書。しかし、『夏の稲妻』 がだんだんバカらしくなつてきたので途中で放棄。ちよいと常識はずれでないのと思ひはじめたらつづけて讀む氣がしなくなつた。 

主人公の新聞記者が、殺人事件に關して、證據のない情報を好意で警察に傳へたら、次の朝にはラヂオからそれが、記者の名とともに大々的に流されて、主人公は失職しさうになる。はたして、警察はそんなバカなことをやるところなのかと思つたのがずつと尾を引いてゐたところが、追ひ打ちをかけるやうに、やつと探し當てた美人の證人とともに、犯人の一味と思はれる「ポン引き」に、死ぬほどの責め苦を受け、自分も傷を負ひながら、どうにか逃げ出したのに、命を狙はれてゐる大事な證人をなんと自宅に連れ歸つただけで、ぢやあまた明日ねと言つて、保護することもせずに置き去りにするなんて、考へられない。ここで本を閉じた! 

 

それで、半藤一利さんの 『それからの海舟』 の中で引用されてゐた、坂口安吾の 『明治開化 安吾捕物帖』 を讀みはじめる。が、その前に、やはり半藤さんのご指摘のあつた、『安吾史譚』のなかの「勝夢酔」の冒頭の言葉を忘れないためにも寫しておきたい。 

 

「兵隊なんぞは無用の長物だ。尤も、それよりも戦争をしないこと、なくすることに目的をおくべきであろう。海舟という人は内外の学問や現実を考究して、それ以外に政治の目的はない、そして万民を安からしめるのが政治だということを骨身に徹して会得し、身命を賭して実行した人である。近代日本に於いては最大の、そして頭ぬけた傑物だ」。

 

それと、あらためて讀んで面白いと思つたのは、次の指摘である。

 

「維新後の三十年ぐらいと、今度の敗戦後の七年とは甚だ似ている。つまり薩長も実質的には占領軍だった。薩長政府から独立しなければ、日本という独立国ではなかったのである」。これは卓見! だが、近年またその長州に占領されてゐる政治が侵攻してゐることに危惧を覺えざるを得ない。安吾さん、隅に置けない人物である。

 

また、『堤中納言物語』 の九話目、〈はいすみ〉を讀みはじめる。 

「毛倉野日記(十一)」(一九九五年二月)を寫し終へたのでお送りする。 

 

 

九月十七日(火)舊八月十九日(丁巳 晴、風さわやか 

昨夜中に、『堤中納言物語 〈はいすみ〉』 讀了。これまでの中で一番わかりやすくまた面白かつた。『平中物語』 や 『伊勢物語』、はたまた 『源氏物語』 をふまへた話し、といはれてもそこのところはよくわからない。まあ、面白く讀めればいいにする。 

 

まだ體力が回復してゐないことはわかつてゐたが、食欲を増すためにも散歩に出た。六月二十六日以來の東京散歩である。それも短い距離なので無理せずに歩けるかなと思つたこともある。中野驛南口スタートなので、千代田線で新御茶ノ水驛乘り換へ、と思つたら、〈第4回 御茶ノ水ソラシティ古本市〉が開催されてをり、文庫本を三册買つてしまつた。

 

それで、恆例の東京散歩だが、〈コース番號31〉のコース名と内容は─「失われた川を歩こう 桃園川追跡 中野駅~東中野駅 杉並区に始まり中野区で神田川と合流する桃園川は、現在は整備されて桃園川緑道になっている。住宅地の間を抜けるレンガ敷きの歩きやすい道で、散歩にはうってつけ。〔所要〕1・5時間」。

 

といふことで、中野驛の南側を歩くのははじめて。ガイドブックに沿つて、といつても緑道を歩けばいいだけの單純なコース。まづは驛前通りの三河屋で晝食。中野五差路の先から緑道に入り、途中の宮前公園の大木の木蔭で休憩。いい風が吹いてくるので、一時間も休んでしまつた。あとは、東中野一丁目の氷川神社に寄つただけで東中野驛西口に到着。 

三河屋で食事したのが一二時二〇分、ゴールには一四時三五分着。正味五一二〇歩。病み上がりには適当な散歩コースだつた。 

東中野驛からは、都營大江戸線で都庁驛乘り換へ、上野御徒町驛下車。京成上野驛まで歩く。

 

また、堀切菖蒲園驛驛前の“いしい”といふ飲み屋に寄つてみた。齒科衛生士の方が、ここで馬刺が食べられると言つてゐたので入つてみたら、素朴であたたかな感じ。馬刺のほかに、レバーとタンを焼いてもらつて食べたけれど、それが大きくて美味しい。馬刺はちよいと薄切りすぎるけれどいい味してゐたし、しかも安い。これからも食べに來たいと思つた。これを燈台下暗しといふのであらう。

 

以下、今日求めた本 

今井金吾校訂 『定本 武江年表(下)』 (ちくま学芸文庫) 九三六圓+税 

荻原井泉水著 『一茶随想』 (講談社文芸文庫) 五〇〇圓 

吉野秀雄著 『鹿鳴集歌解』 (中公文庫) 一五〇圓 

 

 

 

九月十八日(水)舊八月廿日(戊午 雨 

坂口安吾の 『明治開化 安吾捕物帖』 を讀みつづける。 

カバーのそでには、「文明開化の明治新世相の中に、次々と起きる謎の事件。─赤坂氷川町の隠宅に自適の日を送る、幕末の英傑勝海舟の名(?)推理。それに挑戰する結城新十郎の活躍・・・。 文明批評のわさびをピリリときかせながら、卓抜な推理的構成で捕物帳の面白さを堪能させる、傑作エンターティメント」。とはあるけれども、内容は江戸川乱歩調で、古めかしく、それほど面白いとは思へないが、なんとなく引き込まれていく。 

 

YouTubeユーチューブで、“War of the Arrows ”の豫告編を見て、妻に話したら、つたやで借りてきてくれた。それが「神弓(かみゆみ)」と改題されてゐたが、内容は面白かつた。時代は一六三六年、淸が朝鮮を侵略してきた話で(丙子胡乱)、とくに朝鮮の弓が、和弓より實踐的で使ひかつてがよいやうに思へた。その作り方の畫像も見たが、いよいよ興味深い。 

 

九月十九日(木)舊八月廿一日(己未 晴、風さわやか 

九年ぶりにいぶし竹で箸を作つた。中村莊の書庫の掃出し窓の一角に設けた作業場で、午前中は、ベルトグラインダーを臺座に据へ付けるのに手間どり、晝から製作にかかつてみたが、思ふやうにいかない。大まかなところまでは削れても、細くなつてきてからは、指先で押さえる力がきかないためか、斷面がなかなか正方形にならないのがくやしい。無理をすれば細くなりすぎるのでその手加減がむずかしい。それも、まつたく同じ形の二本を削り出さなければならないから、他の一點ものやうにはいかない。そこが箸のむずかしいところで、それでも一應の滿足が得られたので、仕上げは、あと數膳作つてからまとめて行ふことにして、けふはお終ひ。 

それにしても、指先の力も、握力も腕の力も、肩から背中にかけての筋力もおちてしまつたので、長時間の作業は當分は無理のやうだ。一日一膳! 

 

*下の寫眞、窓の外を通りかかつたのは、妻がノラネコに關心を向けるやうになつた因縁とも思へる一匹の母猫。あれは五年前、我が家の勝手口に現れては、出してあげたエサを口にくはへては去つていく。そのあとを追つてみると、廢屋の床下に三匹の子猫がゐたのである。母猫自身はやせ細つてゐるのに、子猫たちにかひがひしくくはへてきたエサを與へてゐたのである。それに感動した妻は、その三匹をエサで引き寄せ、我が家の裏の軒下に寢床をこしらへ、それ以來、コヤタとブンゴとモモと名づけられた子猫は、我が家の裏を縄張りにして元氣に成長。 

ただ、母猫は病氣でふらふら。寫眞ではよくわからないが、耳にはかさぶたがこびりつき、背中もおできでもりあがり、エサに藥を與へてゐるので、どうにかまだ歩くことができる状態。でも、我が家で最期を看取つてあげたい。 

さうだ、寅だつて、於菟だつて、看取つてあげたかつたが、そこがノラネコの悲しさ、氣がついたときには姿を消してゐた。

 

*毛倉野で作り、現在も使用中のジャカランダ材のキーホルダー。それと箸作り作業場

 


 

 

九月廿日(金)舊八月廿二日(庚申 晴、今日も風さわやか 

今日は金曜日。神保町に出かけ、古書會館からはじめて、古書店街を水道橋驛まで歩く。體調もやうやく平常通りに回復してきたやうだ。 

古書會館では、源氏の講義でご一緒したTさんと待ち合はせ、放心亭でゆつくり晝食。ぼくはさいころステーキ。ビールは遠慮した。それから、八木書店と、西秋書店と、そして日本書房にも立ち寄つて、目についた本を何册も求めてしまつた。 

水道橋驛でTさんとわかれたあと、上野の“江戸ッ子”に立ち寄つて、先日食べられなかつた赤貝と靑柳をいただいて歸つてきた。けふ一日で六八〇〇歩。

 

以下、今日買ひ求めたおもな本 

『大日本佛敎全書 一遍上人念佛安心鈔外五部』 (有精堂出版部) 

原田伊織著 『続・明治維新という過ち 列強の侵略を防いだ幕臣たち』 (講談社文庫

守部喜雅 『勝海舟 最期の告白』 (フォレストブックス

白石重著 『海舟と蘇峰』 (梓書房) 

石橋湛山著 『湛山回想』 (岩波文庫) 

 

昨夜アマゾンを通して注文した、“ドランブイ”(750ml 40度)が、夕方歸宅した直後に屆く。これは毛倉野にゐたときから口にしてゐたお酒で、とろりと甘つたるい蜂蜜のリキュール。四〇度だからもちろん舐めるだけ。フラスコに入れかへて、ちびりすすつて舐めるのが最高! 何年もかかつたのが、先日やつと底をついたので注文したのだが、次の日に屆くといふのは夢のやう!

 

*上野 ”江戸ッ子” の赤貝と靑柳(舌きり)!! 

  


 

  

九月一日~卅日 「讀書の旅」    『・・・』は和本及び變體假名本)

 

九月一日 半村良著 『講談 碑夜十郎(上)』 (講談社文庫) 

九月二日 半村良著 『講談 碑夜十郎(下)』 (講談社文庫) 

九月三日 半藤一利著 『戦う石橋湛山 新版』 (東洋経済新報社) 

九月四日 キース・ピータースン著 『暗闇の終わり』 (創元推理文庫

九月六日 キース・ピータースン著 『幻の終わり』 (創元推理文庫

九月六日 〈はなたの女御〉 (『高松宮藏 堤中納言物語』 所収 日本古典文学会) 

九月七日 半村良著 『江戸群盗伝』 (文春文庫) 

九月九日 諸田玲子著 『お順 勝海舟の妹と五人の男(上)』 (毎日新聞社) 

九月十日 諸田玲子著 『お順 勝海舟の妹と五人の男(下)』 (毎日新聞社) 

九月十一日 下田ひとみ著 『勝海舟とキリスト教』 (作品社) 

九月十四日 半藤一利著 『それからの海舟』 (ちくま文庫) 

九月十六日 〈はいすみ〉 (『高松宮藏 堤中納言物語』 所収 日本古典文学会)