「三月 讀書日記抄」 (廿一日~卅一日)

 

廿一日(木) 終日讀書。『和字繪入 往生要集 上(地獄物語)』 讀了。つづいて、『下(六道物語)』 に入る。 

さらに、リンダ・ラ・プラント著 『渇いた夜 下』 讀了。そして、水戸を訪れたのを契機に、冲方丁著 『光圀伝』 を讀みはじめる。 

廿二日(金) 午後、突然、西宮の神田君から、高森昭先生が亡くなられたといふ知らせを受ける。先日の小田垣先生につづいて、學生時代にお世話になつた先生方を見送ることになるとは。 

廿三日(土) 今日も、神田と高圓寺の古本市を訪ねる。東京古書會館のはうではまた安い和本が手に入り、高圓寺の西部古書會館でも、和本その他が目につき、ついつい求めてしまふ。今日の収穫は、和本では、中江藤樹著 『翁問答』 の端本と 『隅田川往來』 など。單行本では、『陽明文庫蔵本御堂関白記自筆本総索引(1) 古典籍索引叢書14』(汲古書院) と 『古記録の研究 上 齋木一馬著作集1』(吉川弘文館)、『改訂 親鸞聖人行實』 など、信じられない安さです。 

外出用の文庫本として、大野晋先生の 『源氏物語』 を持ち歩く。 

廿四日(日) 終日讀書。源信 『和字繪入 往生要集 中(六道物語)』 を讀了。念のため、岩波文庫版 『往生要集』 を側において讀むが、内容が内容だけにあまり參考にならなかつた。ただ、『平家物語』 冒頭の、「祇園精舎」のくだりが引用されたと思はれる原文に出會ふことができた。 

廿五日(月) 宝塚市にある仁川敎會で行はれた、高森昭先生の葬儀に列席する。仁川敎會は、關西學院大學神學研究科に在學中在籍した敎會で、仁川敎會にをられた高森先生とご夫人には公私ともにお世話になつたのでした。 

葬儀は一一時半から。茂牧師も、そして高森先生の奥樣もすぐにわかりました。葬儀のなかで、神田君が 「高森先生の思い出」 を語つてくれたので、先生と明學時代に出會ひ、その後先生を賴つて關學に來たことが走馬燈のやうに思ひかへされました。 

式後、ゼミで一緒した白井君と神田君と奥さんの葉子さんとで、關學のなかにあるレストランで晝食をいただき、その後神田君に、阪急梅田驛の〈阪急古書のまち〉を案内されてから歸路に着く。 

携帶に便利だからといつて、文庫本の大野晋先生の 『源氏物語』 を持つて出かけたのでしたが、その重厚さといふか論述の緻密さに、ぼ~つとした頭で讀むことはできないと思ひました。

 

廿六日(火) 西宮への日歸りでさすがに疲れ、一日ぼんやりと讀書。 

大野晋先生の 『源氏物語』 とともに、源信の 『和字繪入 往生要集 下(極樂物語)』 を讀みはじめる。 

廿七日(水) 今日は、史策會の 〈春の隅田川散策〉 でありましたが、一昨日の強行軍による疲れが抜けきれずに休む。 

それで、横になつて、大野晋先生の 『源氏物語』 を讀み進んだのですが、まあ最初から小氣味いい解説でぐんぐん讀ませられましたが、第七章の「紫式部の生活」の論述には驚かされました。先日、『紫式部日記』 を讀んだところですが、大野先生の説明を讀んでゐたら、ぼくは一體何を讀んだのだらうかと、後ろから頭をガアーンとどやしつけられた感じがしました。一二〇頁餘をついやして、微に入り細にわたつた論述で、とくに紫式部と道長との關係が破綻したところの説明は壓卷としか言ひやうがありません。探偵小説の謎解きのやうで、ゾクゾクしました! 

また、紫式部の歌のなかの引歌と思はれる、その本歌を探すのに、「『源氏物語』の引歌について研究している、学習院大学大学院学生であ」つた伊東先生に調べてもらつたことを言及されてゐて、さもありなんと思ひました。ぼくも伊東先生から引歌についての講義を受けてとても感動したことを覺えてゐます。 

それと、二月中旬に讀んだ、「女流日記文学における『紫式部日記』の位置」といふ論文によつて、『紫式部日記』 は道長の要請によつて書かれたといふことを眞に受けてしまひましたが、大野先生は、「道長の一族に対する批評的記事が最初から書かれていることは、『紫式部日記』 が、道長の命令によって藤原氏のために中宮の御産の記録として書かれたものではないという証拠である」と、おつしやつてゐます。 

廿八日(木) 昨日の〈隅田川散策〉は歩くのが目的でしたからお休みしましたが、今日は會食だけの集まりなので出かけました。それも上野の山ですから我が家の庭みたいなもの。服部さんとマキさん、五十年來の友人との年に數回の會食です。 

西郷さんの前で午後一時に待ち合はせ、滿開の櫻を樂しむ花見客でごつた返す淸水觀音堂のわきの石段を下り、不忍池の辯天堂を通りぬけて對岸の東天紅へ入りました。 

もう、食べる場所を選ぶことはやめて、東天紅での會食といふことに決めたので、料理だけはあれこれ選んで美味しくいただくことができました。はなしはあちことにとび、とりとめありませんが、八十歳になつても、「与えられた一日、一日を人を愛して生きていきたい」、といふ服部さんですから、一緒にすごせるこのひとときはぼくのたからものです。 

また、待ち合はせる前に、東京都美術館で開催中の、《奇想の系譜展》 を見てきました。たしかに奇想で面白い繪畫ですが、ぼくには、「山中常盤物語絵巻」とか、「浄瑠璃物語絵巻」、「武家相撲絵巻」などの詞書が面白く讀めました。その部分は人垣が切れることもあつて、變體假名の勉強にはもつてこいです。 

廿九日(金) 昨夜、どうしてもやめられずに、大野晋先生の 『源氏物語』(岩波現代文庫) を讀みきつてしまひました。面白いといふより刺激的、早く 『源氏物語』 の本文の第二部、第三部を讀んでみたくなりました。 

ぼくとして特に小氣味よかつたのは、大野先生が、「『源氏物語』 を的確に理解するためには二つの条件を素通りしてはならない。一つは武田宗俊氏の唱えた 『紫の上系(a系)』 と 『玉かづら系(b系)』 の二つの区別を確認し重視すること。これを抜きにしては 『源氏物語』 の前半を正確に読むことは到底できない」、と述べた後での次の指摘です。 

「不思議なことに現在の源氏学界では依然としてこれ(a系とb系を區別する説)をタブーとして手を触れたがらない。それは大学教授という肩書に安住して、いわゆる源氏学者たちが原文をきちんと読まないか、あるいは読めないか、そして考えないからであると思う」。このことは、閉鎖的な學界にたいして、小松英雄先生がおつしやつてゐることとまつたく同じで興味深い。 

今日は、できれば神保町に行きたかつたが、無理せずに、モモタとココを抱きながら讀書。源信の 『和字繪入 往生要集 下(極樂物語)』 とともに、中斷してゐた冲方丁著 『光圀伝』 を讀み進む。『光圀伝』 では、山鹿素行と林羅山、それに後水尾上皇に興味をもちました。 

日(土) 今日は、少し無理をして神田と高圓寺の古本市に行つてきました。多少は動いたはうがいいやうだと我が心臟に言ひきかせつつ・・。 

もう和本しか目に入らず、東京古書會館のはうでは、おかげで、豆本のやうな 『後撰和歌集』 と 『拾遺和歌集』 と 『新古今和歌集 上下』、それと 『豆談語』 なる艶本。それはそれは挿繪の過激なこと、心臟にはよくないかも知れません。 

また西部古書會館では、『稿本 國史眼 二、四』 といふ、「神代から 一八八九年の大日本帝国憲法発布にいたる日本通史。重野安繹と久米邦武と星野恒の編」。 その全七册のうちの二册です。光圀の 『大日本史』 とよく似てゐる體裁ですが、内容を比較してみたい。 

卅一日(日) 今月中に源信の 『和字繪入 往生要集 下(極樂物語)』 と 『光圀伝』 を讀み終らせることができなかつた。 

昨日小宮山書店のガレージセールで求めて送つてもらつた 『廣文庫』、全二十册が早速屆く。二年前に、紀田順一郎さんの 『新版 古書街を歩く』 (福武文庫) を讀んで知つた本で、このひと月間ガレージに積まれたままで、誰も手をださないやうでしたので、店員に聞いたら、送料をおまけしておくといふので、つい購入してしまひました。ただ、すごい本だとはわかるがどのやうに讀んだらよいか、それが問題だ。

 


 

 

三月一日~卅一日 「讀書記録」

 

三月二日 近藤富枝著 『服装から見た源氏物語』 (朝日文庫) 

三月三日 松岡正剛著 『法然の編集力』 (NHK出版) 

三月三日 法然 『吉水遺訓(一枚起請文)』 

三月四日 『一向専修念佛編 全』 (明治二年・一八六九年) 麗空亮光 

三月四日 黒川博行著 『アニーの冷たい朝』 (講談社文庫) 

三月六日 柳田守著 『森銑三―書を読む“野武士”』 (シリーズ民間日本学者38 リブロポート)  

三月六日 森銑三著 「熊沢蕃山の『集義和書』」 (『日本の名著11 中江藤樹・熊沢蕃山』 中央公論社、附録) 

三月七日 蓮如上人・金ヶ森道西 『他力安心 いろはうた』 (西村空華堂版) 

三月七日 森詠著 『秘太刀葛の 剣客相談人14』 (二見時代小説文庫) 

三月十一日 リンダ・ラ・プラント著 『凍てついた夜』 (ハヤカワ・ミステリ文庫

三月十二日 紫式部著 『紫式部日記 下』 群書類從特別重要典籍集) 

三月十七日 リンダ・ラ・プラント著 『渇いた夜 上』 (ハヤカワ・ミステリ文庫

三月十八日 增基法師著 『いほぬし』 (群書類從特別重要典籍集) 

三月十八日 増淵勝一著 「『いほぬし』の成立をめぐって─增基の子聖源のことなど─」 (『いほぬし本文及索引』 白帝社 所収) 

三月十九日 正岡子規著 『水戸紀行』 (崙書房 ふるさと文庫・茨城) 

三月廿一日 源信 『和字繪入 往生要集 上(地獄物語)』  

三月廿一日 リンダ・ラ・プラント著 『渇いた夜 下』 (ハヤカワ・ミステリ文庫

三月廿四日 源信 『和字繪入 往生要集 中(六道物語)』  

三月廿八日 大野晋著 『源氏物語』 (岩波現代文庫) 

三月卅一日 斎藤暁子著 『源氏物語の仏教と人間』 (そのうち、第四章 「『往生要集』と『源氏物語』」 桜楓社) 

三月卅一日 間中冨士子著 『国文学に摂取された仏教 上代・中古篇』 (第四章のうち、「往生要集と慧心僧都」 文一出版) 

 (『赤』は變體假名本)