九月十一日(水)舊八月十三日(辛亥 曇りのち晴、午後激しい雷雨 

昨夜、『お順』 に引きつづき讀みはじめた、下田ひとみ著 『勝海舟とキリスト教』 讀了。「靑い目の嫁が見た、晩年の海舟の孤独な内面」と帶にあるやうに、「三男梅太郎の妻クララ」がのこした日記(クララ・ホイットニー著『クララの明治日記』中公文庫)にもとづいて書かれた、晩年の海舟の素顔。お順はほとんど登場してゐないが、「義弟象山の横死、病弱の長男、嫁の病死など重なる試練に耐えながら、窮状にある異邦の友人家族に優しく援助の手を差し伸べる」海舟の姿が描かれてゐる。

 

さらに、半藤一利さんの 『それからの海舟』 を開いたが、冒頭から半藤さん持論の薩長批判からはじまる。 

 

九月十二日(木)舊八月十四日(壬子 晴のち曇り 

日中は、『それからの海舟』 を途切れ途切れ讀み進む。とにかく勝海舟は破天荒、あらためてど偉い人物だと思つた。將來の日本の姿を見据えて、今やるべきことに邁進し、常に現状をがまんできる人だつた。敵からはもちろん、幕臣からも「薩長の走狗」と言はれて命を狙はれつつ、明治新政府の再三の招聘にもけんもほろろ、結局、招きに應じざるをえなくなつたが、勝海舟の道案内なくして、新生日本は舵も切れなかつたのであつた。 

氣味がよかつたのは、「薩長土肥などのどろんこ育ちの連中なんかが足もとに寄れないほど、新知識や新技術を持つている」舊幕臣たちを確保し、實務にとぼしい新政府のなかにどしどしと送り込んだことだ。舊幕臣や賊軍藩の人たちへの援助を死ぬまで忘れなかつた勝海舟、今日あるのはこの人のおかげだと言つても決して言ひすぎではない。 

 

九月十三日(金)舊八月十五日(癸丑・十五夜 曇り 

再び新橋の慈惠大學病院へ通院。副作用の食欲不振に對處してくれるところがどこにもないとわかつたので、まあ、かうなつたら、あたふたすることもないと、ちよいと反省。 

それで、病院のまえからタクシーに乘り、赤坂六丁目の氷川神社まで直行。神社はなんだかお祭りの準備。イメージしてゐた氷川神社とはだいぶ異なつてゐた。大イチョウの聳える境内を一巡して、勝海舟邸を目ざす。 

その途中の角に赤坂敎會があつた。一昨日讀んだ、下田ひとみ著 『勝海舟とキリスト教』 の最後のページに、「勝邸の道を隔てた向かいには、クララの兄ウィリスが開いた赤坂病院が建っていました。その跡地は教会となっています。現在の赤坂教会です」とある、その敎會で、飾り氣のない落ち着いた白亜の敎會である。

 

さて、もうだいぶ以前から探し歩いてゐた勝海舟邸、この近邊を訪ねたついでだつたこともあつてか見つけられず、今回は目印の氷川神社に直行してやつと訪ねることができた。 

屋敷跡には、現在區立の施設が建ち、その角に、勝海舟と坂本龍馬の像があつたのには驚く。勝安芳邸跡の石碑には次のやうにある。 

「東京都指定 旧跡 この地は、勝海舟が明治五年(一八七二)の四十九歳から満七十六歳で亡くなるまで住んでいた屋敷の跡地です。その間、参議・海軍卿、枢密顧問官、伯爵として顕官の生活を送り、傍ら氷川清話などを遺しました。その時の屋敷跡は東京都に寄付され、平成五年春まで港区氷川小学校敷地として使用されていました。その後、氷川小学校が廃校となったため、その建物を生かしつつ改修を行い、 平成十五年から区立特別養護老人ホーム及び子ども中高生プラザとして使用して現在に至っています。 施設内には、屋敷跡の発掘調査で出土した当時の縁の品などが展示されています。」 

そのゆかりの品を見せてもらつて歸るころには肌寒くなり、千代田線赤坂驛から急いで歸路に着く。

 


 

 

九月十四日(土)舊八月十六日(甲寅・望 雨のち曇天 

半藤一利さんの 『それからの海舟』 讀了。勝海舟の偉さがよくわかつた。味方からも敵からも疑はれたといふところがつらいところだが、それに終生耐へ、ただただ日本の國の先行きを見はるかしてゐた。江戸城の無血開城をきびしく叱責した、福沢諭吉の「せ我慢の説」といふ勇ましい批判にも、半藤さんは、「そのせ我慢をとおすことで日本全土を西洋列強の代理戦争に投じてしまうことが正しかったかどうか」、冷静に考えてみようと、「あとからの批評は気楽」だとやり込めてゐる。それに、海舟が、西郷隆盛の汚名返上と慶喜の名譽回復を最後の仕事にして身を引いたところも潔い。

 

つづいて、キース・ピータースンの三册目、『夏の稲妻』 を讀みはじめる。 

 

九月十五日(日)舊八月十七日(乙卯 晴 

『夏の稲妻』 讀みつづける。 

 

 

 

九月一日~卅日 「讀書の旅」    『・・・』は和本及び變體假名本)

 

九月一日 半村良著 『講談 碑夜十郎(上)』 (講談社文庫) 

九月二日 半村良著 『講談 碑夜十郎(下)』 (講談社文庫) 

九月三日 半藤一利著 『戦う石橋湛山 新版』 (東洋経済新報社) 

九月四日 キース・ピータースン著 『暗闇の終わり』 (創元推理文庫

九月六日 キース・ピータースン著 『幻の終わり』 (創元推理文庫

九月六日 〈はなたの女御〉 (『高松宮藏 堤中納言物語』 所収 日本古典文学会) 

九月七日 半村良著 『江戸群盗伝』 (文春文庫) 

九月九日 諸田玲子著 『お順 勝海舟の妹と五人の男(上)』 (毎日新聞社) 

九月十日 諸田玲子著 『お順 勝海舟の妹と五人の男(下)』 (毎日新聞社) 

九月十一日 下田ひとみ著 『勝海舟とキリスト教』 (作品社) 

九月十四日 半藤一利著 『それからの海舟』 (ちくま文庫)