二月十六日(日)舊正月廿三日(己丑・下弦) 曇天、朝夕雨

 

終日、讀書。それと、 「毛倉野日記(廿)」 を繼續して書き寫す。 

昨夜、ブリッジの支への齒ががとれてしまひ、食事に窮する。

 

 

二月十七日(月)舊正月廿四日(庚寅) 曇天

 

朝一番で齒醫者に連絡して通院。應急處置に加へて、新たな入れ齒を作るために改めてすべての齒の型どりをしてくださつた。十日ばかり不自由しさうだ。 

 

五木寛之著 『日本幻論 ―漂泊者のこころ・・蓮如・熊楠・隠岐共和国』 讀了。 

「私はすべての講演的なお喋りに際しては、常に即興(アドリブ)でおこなうことにしており、一片のレジュメも用意しないできた。その時の気分に応じて、口まかせ出まかせのノリである。・・・ この 『日本幻論』 なる妄談集におさめた九篇の講演は、いずれも八方破れの放談の相を呈している。これは講演などというより、むしろ大道芸人の 〈口演〉 であり、香具師(てきや)のタンカにちかい」と、「あとがき」で書いてゐるわりには眞つ當で、ぼくには胸にひびくものが多々あつた。

 

そのひとつ、隠岐についてはすでに書いたので、二つめとして、「親鸞以来の浄土真宗の信心は、厳格な弥陀一仏の信仰です。・・・ この日本列島で統計的にはもっとも多数の信徒をもつといわれる東西両本願寺などの浄土真宗十派は、本来は明快な一神教の宗教です。その信仰の核心は 〈弥陀一仏〉 であり、他のカミやホトケは一切認めないのがたてまえです」。 

ぼくの記憶に誤りがなければ、このやうに書かれたといふか明快に語られたものを讀んだのは、ぼくははじめてである。むろん法然に發する敎へであることは言ふまでもない。法然が見いだした救ひの道は、一筋に阿弥陀佛のみ言葉を信じて念佛するものは救はれるといふ、萬人に通じる衝撃的な敎へなのである。 

三つめは、「詩は舞踏であり、散文は歩行である」といふ、ポール・ヴァレリーのことばを敎へていただいたこと。たしかにぼくは散文的な人間で、歩くのは得意だが、舞踏どころか、フォークダンスも盆踊りも踊れない。踊つてみたい女子はゐたけれど・・・。 

四つめは、「柳田国男と南方熊楠」の手紙のやりとりを通して、その思想と關心のおきどころがいかに異なるかが語られてゐて大變興味がわいた。書簡集が出てゐるやうなので讀みたいと思つた。 

さいごは、メーテルリンクの 『青い鳥』 について。その詳しい説明がなされたのち、「つまり、メーテルリンクの 『青い鳥』 でいっていることは、私流に解釈しますと、〈人間というものは、いつか本当の幸福は身近にあるという真実に気がつくときがくる。しかしそのときはもうおそい。そして、永遠に幸福を捕まえることはできない〉という大変悲観的な物語です」といふ解釋だ。 

これらは、たしかにアドリブなるがゆえに著者の本音を聽くことができた。ますます五木寛之が大きく見えてきた。 

また、中沢新一の「解説」のことばにも感動した。本書は古書店で四百圓。それでも高いなと思ひつつ求めたのだが、一〇〇〇圓や二〇〇〇圓出しても惜しくない内容である。 

 

今日、久しぶりに學習院さくらアカデミー 《源氏物語をよむ》 の講義でご一緒したKさんからお電話があつた。現在講義のはうは、〈若紫〉が濟んで、〈末摘花〉に入つたところのやうだ。 

 

 

二月十八日(火)舊正月廿五日(辛卯) 晴

 

今日は通院日。地下鐵のなかは混んでゐたが、新型肺炎の脅威は全然感じられなかつた。それでも、ぼくは要注意、室内外を問はずマスクをして過ごした。テレビや新聞では連日大騒ぎ。これでオリンピックがなくなれば言ふことなし! 

で、今日の檢査と診察も良好で氣分よく、神保町に寄り道。南方熊楠の本を探す。探してみたら以下の十數册が見つかつた。すべて文庫本である。

 

中沢新一責任編集・解題 『南方熊楠コレクション Ⅰ~Ⅴ』 (河出文庫) 

飯倉照平編 『柳田国男・南方熊楠 往復書簡集 上下』 (平凡社ライブラリー) 

佐藤春夫著 『南方熊楠 近代神仙譚』 (河出文庫) 

鶴見和子著 『南方熊楠』 (講談社學術文庫) 

谷川健一・中瀬喜陽・南方文枝著 『素顔の南方熊楠』 (朝日文庫) 

神坂次郎著 『縛られた巨人 南方熊楠の生涯』 (新潮文庫) 

神坂次郎著 『およどん盛衰記 南方家の女たち』 (中公文庫) 

以上、晝食と夕食を節約しただけで入手できた。森詠さんの 『ひぐらし信兵衛残心録 秘すれば、剣』 を讀み終へたので、南方熊楠を思つたが、その書いたものはどうも難しさうといふか、ぼくの關心外の事柄なのでパスし、まづは入門として、『素顔の南方熊楠』 から讀みはじめた。どうも、熊楠については、その業績や書いたものより、熊楠自身の生き樣、その生涯が面白さうである。 

又、歸宅したら、アマゾンから次の二册が屆いてゐた。 

水上準也著 『山窩秘帖』 (河出文庫)、澤田ふじ子著 『狐官女 土御門家・陰陽事件簿() (光文社文庫) 

今日の歩數は、七一〇〇歩。

 

 

 

二月十九日(水)舊正月廿六日(壬辰・雨水) 晴

 

今日は寢て曜日。 

『素顔の南方熊楠』 讀み進む。卷頭の中瀬喜陽著 「夢の巨人 南方熊楠」 はよくまとめられてゐて、その生涯の概要がよくわかつた。特に驚いたのは、〈幼時の學習〉と題するところで、父親が開業した鍋屋が買ひ入れた反古(鍋釜を包むために必要な紙=古書)の中に、「中村惕斎の 『訓蒙圖彙』 があった。熊楠は父に請うてこの絵入り百科事典を譲り受け、繰り返し読み、ブリキ板に写した。筆写して覚える、熊楠の自修事始めである。・・・物置とか蔵の中で自習した・・・それらの書物は、『和漢三才圖繪』 『五畿代名所圖繪』 『大和本草』 など百科にわたるもののほか、『本草綱目』 『動物学』 『経濟録』 『山海經』 『前太平記』 『徒然草』 など四十数点がある」といふところだ。そもそも常人とスタートが違ふことが驚異的!

 

つづく、「父 南方熊楠を語る」 は、谷川健一が熊楠の娘の南方文枝さんを、和歌山縣田辺市の自宅(熊楠の舊宅)に訪ねてインタビューしたものの記録で、熊楠の人となりがわかつて面白い。 

谷川が、「先生は文章はどんなふうにして書かれたのですか」と聞くと、「書き出したら決して反古(ほご=書き損じ)ができないのです。書き損じて破ったりするようなことは一切ないのです。サーッと一気に書くんです、手紙でも原稿でもぶっつけで。」 

つまり、集中力がはんぱぢやなかつたといふのである。 

また、「ときどき台所にやってくることがありました。『わしは明日からみそ汁だけでいいぜ』と言い出したら、高い本を買うのです。ああ、また高い本を買うなと(笑)」。 

などなど、先が樂しみだ。 

 

夕方、妻が、「あなた、ラヂオ番組表見た?」 と聞くので、「何ですか」 と聞いたら、〈鶴光の噂のゴールデンアワー〉 がまたやりはじめたのを知つてゐるかといふのである。最近はほとんどラヂオは聞いてゐないのである。番組表をのぞいたこともない。そこで、先日取りつけてもらつたパソコンの「ラジコ」を開いてみると、たしかに懐かしいお美和子さまと鶴光の聲がする! 

正しくは、〈鶴光の噂のゴールデンリクエスト〉 と題して、一八時から二〇時まで、連続四日間だけの生放送のやうだが、にやにやしながら聞いてみた。番組がなくなつてから何年になるのだらう。川和時代に聞きはじめ、毛倉野でも聞きつづけたけれど、その途中でなくなつたのだと思ふ。 

たしかに、「伝説のパーソナリティ笑福亭鶴光と抜群の相性を誇る最強アシスタント・田中美和子のゴールデンコンビがまたまた帰ってきた!!」と言はれて、知らん顔はできません。

 

 

二月廿日(木)舊正月廿七日(癸巳) 曇天

 

今日も古本散歩。澁谷の東急東横店が閉店でもするのだらうか、〈さよなら東急東横店 渋谷大古本市〉 が、西館八階催物場で今日から開かれた。さほど廣い會場ではないが、中味は濃くて、目につく本は多いけれど、いざ購入となると限られてしまふ。九階の食堂街での晝食をはさんで、吟味して以下の數册を求めた。 

歸りは、銀座線澁谷驛が移設されてからはじめての乘車。上野驛まで乘つて京成で歸路につく。今日の歩數は、四四〇〇歩。 

 

親鸞聖人 『御消息集 上下』 (元禄貳年刊、和本) 

大谷暢順著 『蓮如[御文]讀本』 (講談社学術文庫) 

眞下喜太郎著 『詳解歳時記』 (創元文庫) 

南方熊楠著 『十二支考 上下』 (岩波文庫) 

梅原龍三郎著 『ルノワルの追憶』 (三笠文庫)。 

また、歸宅したら、アマゾンから次の本が屆いてゐた。 

加藤博二著 『森林官が見た 山の彼方の棲息者たち』 (河出書房新社) 

平野威勢馬雄著 『くまぐす外伝』(ちくま文庫)

 


  

 

二月一日~廿日 「讀書の旅」 ・・・』は和本及び變體假名・漢文)

 

二月五日 澤田ふじ子著 『神無月の女 禁裏御付武士事件簿』 (徳間文庫) 

二月九日 澤田ふじ子著 『朝霧の賊 禁裏御付武士事件簿』 (徳間文庫) 

二月十日 佐々木信綱著 『原本複製 梁塵秘抄』 (好學社) 

二月十日 大江匡房著 「遊女記」 (『群書類從 第九輯 文筆部』 所収) 

二月十日 大江匡房著 「傀儡子記」 (『群書類從 第九輯 文筆部』 所収) 

二月十二日 澤田ふじ子著 『王事の惡徒 禁裏御付武士事件簿』 (徳間文庫) 

二月十五日 紫式部著 『源氏物語二十三〈初音〉』 (靑表紙本 新典社) 

二月十七日 五木寛之著 『日本幻論 ―漂泊者のこころ・・蓮如・熊楠・隠岐共和国』 (ちくま文庫) 

二月十八日 森詠著 『ひぐらし信兵衛残心録 秘すれば、剣』 (徳間文庫)