二〇二〇年正月(睦月)一日(水)舊十二月七日(癸卯・元旦) 

 

夜は寝られず、朝寢坊、それが老いたことだと言はれても、元旦ばかりは氣持ちよい朝日を浴びたかつた。それでも妻手製のおせちとお雑煮、それに酢だこを食べることができて、幸先のいい一日であつた。 

以後は平日とかはらず。猫たちとたはむれ、讀書は數册を讀。寢たい時に寢て、食事に呼ばれて起きる。まるで理想的な入院生活である。 

 

『源氏物語〈玉鬘〉』 を讀みはじめたところ、二册の註釋書(小學館の「日本古典文學全集」と新潮社の「新潮日本古典集成」)の助けを得て讀み進めてゐるのだが、〈玉鬘〉の靑表紙本はいままでとは明らかに違ふ。筆跡は變はらないやうに見えるが、註釋書を基準とすれば、文章に、それに足されてゐるといふか加へられてゐる言葉が多く、また缺けてゐる言葉もある。それもひんぱんに見られるので、寫したもとの寫本が違つてゐたのか、それとも、寫筆者の不注意なのか、不注意にしては、筋は通つてゐて寫し間違へたとは言へないところが不思議である。どうもわからない。河内本とくらべてみたいけれど、億劫だ。ただ、内容は話がまつすぐなのでわかりやすいし、おもしろい。 

 

「毛倉野日記(十九)」(一九九五年十月) を寫しはじめる。

 

 

正月二日(木)舊十二月八日(甲辰) 

 

今日は、昨日とまつたく同じやうに過ごした。おいしいおせちとお雑煮をいただいて、テレビで箱根驛傳を見ながら猫とたはむれ、横になりたくなつたらベッドにもぐりこみ、それでも讀書は進んだ。 

五木寛之著 『隠された日本 九州・東北 隠れ念仏と隠し念仏』 につづいて讀みはじめた 『隠された日本 中国・関東 サンカの民と被差別の世界』 がこれまた面白い。西新井大師にでも行こうかなと思つてゐたけれど、やめて一氣に讀んでしまつた。かつて深夜便で聞いた五木さんのセリフがよみがへるやうな語り口の文章で、讀みやすいだけではなくて、中身も濃かつた。「著者のことば」として、このやうに五木さんは書いてゐる。 

 

「私は、隠された歴史のひだを見なければ、“日本人のこころ”を考えたことにはならないと思っています。今回は 『家船』 漁民という海の漂泊民から 『サンカ』 という山の漂泊民へ、そして、日本人とは何かという問題まで踏みこむことになりました。それは、これまでに体験したことのなかった新しいことを知り、自分自身も興奮させられる旅でした」 

 

「歴史の基層に埋もれた、忘れられた日本を掘り起こす。漂泊に生きた海の民・山の民。身分制で賤民とされた人々」に關して、専門家に現地を案内していただいて話をうかがひ、その内容をかみくだいて紹介してゐるので、とにかく勉強になつた。 

第二部後半の、「『フーテンの寅さん』への憧れ」 の章は、本書全體の總仕上げといふかまとめのやうな内容で、とても興味深かつた。さらにこのシリーズを讀みたくなつた。 

つづいて、三国連太郎・沖浦和光対談 『「芸能と差別」の深層』 を讀みはじめる。これは、五木寛之さんが話をうかがつた民俗文化研究者の沖浦和光氏と、三國連太郎さんとの對話で、冒頭を讀んだだけでも、三國連太郎がものすごい人物だといふことがわかつて、ドキドキした。

 

また、和本で、『宇治拾遺物語 卷第三』 を、ぼちぼち讀みはじめる。 

 

 

正月三日(金)舊十二月九日(乙巳・上弦) 快晴

 

今日は、西新井大師に行つてきた。古本市めぐりでもないし、美味しい食べ物をもとめてでもない。だからといつて信心からでもなく、例の 『東京山手・下町散歩』(昭文社) にしたがつて散歩に出たわけである。けれど、今回は、コースの順番に從つて歩いてきた今までの掟を破つて、いきなり飛び越えてしまつた。 

さて、そのコース番號は〈78〉、コース名と内容は─「古刹周辺散歩 西新井大師 西新井駅~西新井駅 西新井大師を中心に街を一周する。公立学校発祥の碑をはじめ、学校に関する碑史跡が境内に残っている。災天寺にあり、一茶の句で有名な、相撲をとっている蛙の像も見逃せない。〔所要〕2・5時間」。

 

『ガイドブック』には、そのやうに記載されてゐるが、單純に、西新井大師を訪ねたついでに歩ければいいといつた感じで出かけたのだが、その西新井大師で足止めを餘儀なくされた。實は、ガイドブックでは、東武鐵道西新井驛から歩くやうになつてゐるのだけれども、一驛しかない大師線に乘りたかつたので、歩きはじめたのは大師前驛から、一一時四〇分であつた。 

ところが、西新井大師は驛から出たところからはじまつてゐるのだらう、参詣客でごつたがへしてゐるだけでなく、屋臺が参詣路の両側に隙間なく出店してゐて、お寺の境内にいつ入つたかもわからないほど。いいにほひがただよつてゐて、目移りがする。

 

その屋臺の數の多いこと、まるで迷路のごとく立ち並び、はたしてここも境内なのかと疑つてしまつた。焼きそばやたこ焼き、フランクフルト、甘酒といった定番から射的やくじなど子どもが樂しめるものまであり、じつに賑やか。こんなにたくさんの屋臺を見たのはぼくははじめてだ。で、やつと本堂を遠くから確認できたので、再び屋臺迷路に飛び込んで、焼きそばとモツの煮込みをいただいた。まあ、美味くはなかつたけれど、それは一人だからであつて、みんなでわいわい食べれば美味しく感じるのかも知れない。 

トイレを借りてから本堂の裏に出て、そこからは「ガイドブック」に從つて歩きだした。境内だけで、約二千歩、一時間も費やして、ではなく樂しんでしまつた。

 

さて、この邊りははじめての土地。正確にガイドブックにそつて歩いてみた。ゴールまで、ちやうど時計回りの勘定である。町名がいい。「伊興(いこう)」、「六月(ろくがつ)」、「島根」とある。竹ノ塚驛を過ぎ、その足立區六月三丁目に入ると、めざす炎天寺はあつた。 

「炎天寺は幡勝山成就院炎天寺といい、平安中期の武人・八幡太郎義家や江戸時代後期の俳人・小林一茶ゆかりの寺です。俳句寺という愛称で呼ばれたり、蛙の置物が多いことから蛙のお寺ともいわれています」 

とあるやうに、〈やせ蛙 まけるな一茶 是にあり〉 と 〈蝉鳴くや 六月村の 炎天寺〉 の句碑があり、近邊の寺とはちよいと違ふ雰圍氣。しばらく休みながら樂しんだ。 

 

そのあと、舊日光街道に出たが、歩いたことがあるはづなのにまつたく覺えがない。マミーマート足立島根店の喫茶コーナーでまた休憩し、そろそろ日が蔭つてきた町を西新井驛まで、どうにか歩ききることができた。午後四時ちやうど、正味、一三〇四〇歩。

中目黒驛行の電車が到着したので、上野驛まで乘り、例の回転寿司江戸ッ子で赤貝とツブ貝とウニの軍艦を食べてから歸宅。家についたら、一五四八〇歩であつた。 

 

*西新井大師と公園のペット用トイレ。これはぼくははじめて見た。足立區はノラネコなどへの關心も高く、葛飾區とくらべると、區の係の見識がいかに高いかがわかる。三枚目は、炎天寺の庭。蛙が相撲をとつてゐる。と、貝の壽司 

 



 

正月四日(土)舊十二月十日(丙午) 晴のちくもり

 

今日は休息日。昨日は歩きすぎたので、ちよいとひと休み。できれば、今日からはじまつた神田と高圓寺の古本市に行きたかつたが、大事をとつた。 

 

三国連太郎・沖浦和光対談 『「芸能と差別」の深層』 が刺激的だ! 『釣りバカ日誌』などを見てゐると、「スーさん」役の三国連太郎が飄飄としてゐるが、いやいやその發言は刺激的どころか、實に過激、挑發的である。 

*三国連太郎 俳優。群馬県太田市生まれ。本名,佐藤正雄。幼少期から少年期は、養父の故郷・静岡県西伊豆(松崎)で育つ。旧制豆陽中学(下田高校)中退後、中国・青島、釜山、大阪など各地を転々としていたが、1943年徴兵検査のために帰郷。甲種合格となり召集、逃亡を企てたが、憲兵隊に連れ戻され入隊、中国戦線に送られた。中国における戦争体験と養父が被差別部落の出身であったことから来る差別問題とが、後の三国の俳優としての活動と思索を決定づけたといわれる。・・・ 2013414日、急性呼吸不全のため死去。享年90

 

 

正月五日(日)舊十二月十一日(丁未) 

 

今日はまるまる一日古本散歩。神田の東京古書會館と、高圓寺の西部古書會館、それに、銀座松屋古書の市の三か所である。ただし、掘り出し物は少なく、といふか極力購買は控へたので、數册にとどまる。 

東京古書會館では、今村翔吾著 『童の神』(角川春樹事務所・三〇〇圓) が面白さうだつたので、この一册のみ。 

西部古書會館では、野間宏・沖浦和光著 『日本の聖と賤 中世篇』(人文書院・五〇〇圓) と、伊藤正敏著 『寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民』 (ちくま新書・一五〇圓) と、同著者 『無縁所の中世』 (ちくま新書・一五〇圓)。それに、「御就任記念 関西学院」と革表紙に金文字で刻印された 『新約聖書 詩編つき 新共同訳』(三〇〇圓) である。眞つ新(まつさら)で、手垢はまつたくついてゐない。誰が手放したのだらうかと氣になつてしまふ。これが文語譯聖書だつたら最高だつたのにと欲が出た。 

最後の、銀座松屋古書の市は、「美術書画・書籍コレクション」と銘打つてゐるだけあつて、よささうな和本がわづかばかりで、あとは縁のない書畫ばかり。日本書房さんが出してゐた豆本の 『古今和歌集』 が欲しかつたが、二萬五千圓では手がでなかつた。で、収穫なし。敎文館四階のカフェでひと休みして歸路につく。今日の歩數、六〇一〇歩 

 

歸宅すると、昨日注文した、鶴屋南北著 『東海道四谷怪談』 (岩波文庫・一圓+送料) が屆いてゐた。なのに、二日に注文した、五木寛之著 『隠された日本 大阪・京都 宗教都市と前衛都市』 (ちくま文庫) がまだ屆かない。 

 

 

正月一日~五日 「讀書の旅」   ・・・』は和本及び變體假名本)

 

正月二日 五木寛之著 『隠された日本 中国・関東 サンカの民と被差別の世界』 (ちくま文庫)