十二月十一日(水)舊十一月十五日(壬午 曇天のち雨

 

昨日おしやべり過ぎたやうでのどに違和感がある。またセキやタンが出るやうになつては困るから、一日横になり、からだを温かくして休んだ。 

 

藤沢周平作著(著作順一八) 『神隠し』  讀了。短編集だから、毎日一つか二つづつ讀んできたが、再讀とはいへ、ひとつも覺えてゐる作品はなかつた。それぞれが濃厚な内容で、一度に讀み通したのではよく味はうことができないのだと思つた。伊藤桂一さんの解説もいい。 

『源氏物語〈少女〉』 を讀み進む。靑表紙本で一二七頁、やつと三〇頁を越えたところだ。 

 

 

十二月十二日(木)舊十一月十六日(癸未・望 くもり

 

今日も、『源氏物語〈少女〉』 と 『宇治拾遺物語 卷第二』 を讀み進んでゐたが、我慢ができなくなつて、佐々木譲の 『制服捜査』 を讀みはじめてしまつた。込み入つた藪のなかの道から草原に出たやうな解放感と面白さがある。 

表題の「制服捜査」といふのは、人事異動で田舎町の駐在所勤務になつた警察官が、「逸脱」して事件の捜査をはじめてしまふといふ意味。「制服警官は捜査はできない」といふことをあらためて知つた。 

第一話のなかで、交通事故を檢分したところ、明らかに不審があるのでそのやうに傳へたところ、交通係の警官はそれを聞かずに事故で處理してしまふ。それが最後のところで、やはり殺人であることをつきとめた主人公の川久保巡査がその係官にぶつける言葉がいい。 

「ええ、あんたはこのあいだまで施設課にいたそうだけど、わたしは十五年、刑事課にいた。見えるものがちがう」 

まあ、籔漕ぎもきらいぢやないからいいけれど、爽快なミステリーをたまには讀まないと疲れてくる。

 

 

十二月十三日(金)舊十一月十七日(甲申 曇天

 

夕べは一晩中苦しかつた。讀書が面白過ぎて熱中してゐたら、急にからだがさむくなると同時に熱くなり、一二時に體温を計つたら三九度五分もあつた。びつくりし、アイスノンで頭と額を冷やしながら本を讀んでゐると、一時には三九度三分、二時には三九度二分、するとからだのなかから汗がふき出してきて、身体中がびつしよりになつたので、下着からパヂヤマまですべて取り換へてからだをかわかした。本を讀む氣力もなく、仰向けになつてぼ~つとしてゐたら、三時には三七度二分、四時には三七度一分までさがつて、からだがとてもらくになつた。けれど、朝起きるまでにさらに二度も汗をかき、取り替える下着をさがすほどだつた。

 

ところが、今回は、不思議なことに、セキがまつたく出ず、これがとても樂だつた、といふか救ひだつた。ポットに入れた白湯を絶えず飲んでゐたからであらうとは思ふが、この発熱は何だつたのだらう。妻が言ふには、これがインフルエンザぢやあないのといふのだが、それでは先日打つた、インフルエンザ・ワクチンは何だつたのか。 

また妻は、これはパヂヤマのせいよ、とも言ふ。昨夜風呂を出てから着たパヂヤマが、毛倉野を出てから押し入れに仕舞ひ忘れてゐたものだつたからその怨念だといふのである。まあ、それは冗談だとしても、病院へ行くかどうか迷ふ。

 

今日は一日食欲はなく、それでもどうにか食べるやうにして、靜かに横になつてゐた。昨夜寢られなかつたので、うつらうつら寢てばかり。讀書もできず。それでもどうにか、佐々木譲著 『制服捜査』 を讀み終えることができた。が、その最後の一篇を讀み終る寸前、あれ、これは以前讀んだことがあつたのではないかといふ氣がした。ちよいと調べてみよう。 

 

 

十二月十四日(土)舊十一月十八日(乙酉 晴

 

夕べはなかなか寢つけなかつた。晝間寢てしまつたからだらう。今日も大事をとつて横になつたはいたけれど、讀書もできずにうとうとばかり。體重がまたぐつと減つてしまつた。 

今日は、それでも、栗田勇著 『一遍上人─旅の思索者─』 を讀みはじめた。そろそろ書齋の本の大移動があるので、必要な本を目にとめておくことのはうが大事と思つたからで、それでかごにつめた本をほじくり返してゐたら、目にとまつたのだ。 

法然さんの次は一遍だなと考へてゐたので、危ふいところを救ひ取つてあげた氣になつて、讀み出してしまつた。そばには 『一遍上人語録』(岩波文庫) と同じ文庫の 『一遍聖絵』、それに、先日求めたぼろぼろで蟲食ひだらけの汚れた和本の 『一遍上人語録卷下』(内容は、『一遍上人語録』の後半と同じ。だが變體假名なのがいい!) の三册をおいて、粟田さんの獨特の語り口に心が奪はれたのかどうかといふところで寢てしまつたやうだ。

 

 

十二月十五日(日)舊十一月十九日(丙戌 晴

 

夕べはどうにか眠れたので、寢る前に立てた計畫を實行することにした。洗面後、猫たちにごはんをあげ、水を補給してから着がへ、とくに防寒には氣をつかひ、輕い食後妻に綾瀨驛まで送つてもらつた。ネットの路線情報によれば、千代田線で代々木上原まで行き、小田急の快速急行に乘り換へるのが、最もわかりやすいのだが、それは歸路使ふ方法にして、行きは、北千住で品川行きの常磐電車に乘り(この乘り換へがわかりやすくて便利)、次いで上野で 《上野東京ライン》 熱海行に乘り換へて藤沢へ向つた。

 

昨夜立てた計畫といふのは、藤沢にある、「一遍上人を宗祖とする浄土門の一流、時宗総本山の寺、遊行寺(淸淨光寺)」を訪ねるといふ、胸の内ではいつかはと思つてゐたお寺探訪である。 

藤沢驛を下りたのは、六月に佐竹先生の自宅に同窓生と招かれたとき以來だ。今日も驛前からタクシーで遊行寺まで行つてもらつた。ただ、藤澤橋回りではなくて、境川にかかる遊行寺橋を渡つてもらつた。さうすると總門の前に出るとともに、その橋が舊東海道の一部だからである。しかも、降りたところの角には、ふじさわ宿交流館といふ、案内所まであり、歸りに立ち寄るつもりで、まづは遊行寺に向かつた。

 

總門は黒門とも呼ばれるらしい。門をくぐると、突然坂がはじまつた。葉が枯れ落ちた櫻並木にはさまれた、階段とも言へぬ石畳の坂である。「四十八段」あるのでいろは坂とも言ふ。そこを上りきると境内が廣がり、樹齢七〇〇年ともいはれる大銀杏が聳えてゐた、と言ひたいところだが、先日の臺風でだいぶ傷ついてしまつたやうで、とても貧相に見えた。が、その樹の周邊で店を開いてゐた骨董市がこれまた貧相で、見るものなし。 

で、遊行寺寶物館に入つた。五〇〇圓を出して二階にあがつておどろき。だれ一人をらず、薄暗い展示室をぐるりとめぐつてみたが、「特別展・礼讃の表現」といふには、なにがさうなの言ひたいくらゐ。でも、「本展覧会では、礼讃の対象として描かれた尊像を関連資料と共に紹介。礼讃の先にある浄土を思い浮かべる様子を体感頂ければ幸いです」、とあつたので、「阿弥陀三尊来迎図」(加藤信清筆)、県指定重要文化財の、「遊行上人縁起絵」、「一遍上人名号」(鎌倉時代)、墨書「別時番帳」(他阿真教筆 鎌倉時代)などを、一應興味深く、ありがたく拜觀した。そして、受付では、一遍上人を讀むのに役立ちさうなので、神奈川県立博物館編集 『国宝 一遍聖繪』(遊行寺宝物館・二〇〇〇圓) を求めた。

 

境内に出ると、晴わたつた空がいやにまぶしい。本堂の前に出て、一遍上人像を仰ぎ見、説明版により、遊行寺の開山が四世遊行上人の呑海によること、さらに、呑海の兄・俣野五郎景平の領地提供により、一三二五年(正中二年)に創建されたことを知る。

 

*遊行寺總門。寶物館と骨董市。 

 


 

歸りは、すぐ脇から舊東海道に出て、ふじさわ宿交流館まで歩いて休憩。資料などをいただいて一息ついたあと、遊行寺橋を渡つて舊東海道を小田急線の藤沢本町驛まで歩くことにした。中仙道は歩き通したが、どうも東海道を歩く氣にならず、せめてその一部を歩いてみたわけだ。

 

まづ、藤沢宿について・・・「藤沢宿は東海道五十三次、六番目の宿場。東海道が整備される以前から遊行寺の門前町として栄え、江の島・鎌倉・大山への参詣の拠点としても賑わう街であった。遊行寺の東側に江戸見附が、小田急江ノ島線(藤沢本町驛)を過ぎた所に上方見附があり、その間が藤沢宿である」。 

つまり、藤沢宿を東端から西端まで歩くことにした。途中、ラーメン小松屋で味噌ラーメンをいただいて力をつけ、蒔田本陣跡、問屋場跡を見、それに、「伝源義経首洗井戸」などといふ史跡(?)まで發見してしまつた。

 

【伝 源義経首洗井戸】・・・「『吾妻鏡』という鎌倉幕府の記録によると、兄頼朝に追われた義経は奥州(東北)でなくなり、文治五年(一一八九)に藤原泰衡から義経の首が鎌倉に送られてきました。義経の首は首実検ののち腰越の浜へ捨てられました。それが潮に乗って境川をさかのぼり、この辺に漂着したのを里人がすくいあげ洗い清めた井戸と伝えられます」

 

その先が、白旗交差點。街道をそれて藤沢本町驛に到着。ここからは、綾瀨驛まで一本道のやうなもので、町田驛で下車。ブックオフで、『制服捜査』 の續編である、『暴雪圏』 を發見。帶に「川久保巡査部長、再び登場!」なんてあつたのですぐに求め、柿島屋に駆け込み、馬刺しをいただいて歸路についた。それでも、歩いた歩數は、七四八〇歩でしかなかつた。 

 

*一遍上人像 と 「伝源義経首洗井戸」

 


 

 

十二月一日~十五日 「讀書の旅」   ・・・』は和本及び變體假名本)

 

十二月四日 紫式部著 『源氏物語二十〈朝顔〉』 (靑表紙本 新典社) 

十二月四日 『宇治拾遺物語 卷第一』 (第一話~第十八話) 

十二月五日 佐々木譲著 『代官山コールドケース』 (文春文庫) 

十二月七日 山本登朗著 『伊勢物語 流転と変転 鉄心斎文庫が語るもの』 (ブックレット〈書物をひらく〉⑮) (平凡社) 

十二月七日 觀世左近著 『井筒』 (觀世流大成版 檜書店)  

十二月八日 深澤七郎著 『みちのくの人形たち』 (一九七九 夢屋書店) 

十二月八日 深澤七郎著 『秘戯』 (一九七九 夢屋書店) 

十一月十一日 藤沢周平著(著作順一八) 『神隠し』 (新潮文庫) 

十二月十三日 佐々木譲著 『制服捜査』 (新潮文庫)