八月廿一日(水)舊七月廿一日(庚寅 晴のち曇天、夕方雨 

今日も、讀書とうつらうつらと子猫のお相手はかはらず。また食欲がない。

 

『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』 を讀みつづける。 

 

八月廿二日(木)舊七月廿二日(辛卯 曇天 

『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』 讀了。解説者が、「私の知る限りでは、恐らく、元寇以前のこうした外敵の猛襲を描いた作品は本書のみ」、と述べてゐるやうに、たしかに、十年前に讀んだ、武光誠著 『地図で読む日本古代戦史』(平凡社新書) を開いてみましたが、そこには刀伊の「と」の字もでてきません。白村江があるのだから、刀伊との戰ひがあつてもよささうなものですが、たぶん國内だけの戰史に限つたのでありませう。 

それでぼくは、『史料綜覽 卷一 平安時代之一』 を開いて確認しながら讀み進みました。すると、「寛仁三年(一〇一九年)三月廿七日 刀伊ノ賊船對馬ニ襲来ス」、からはじまつて、「壱岐」、「肥前怡土郡」、「筑前能古島」等での防戰の結果、ついに追討したのでありました。しかして、刀伊に捕らはれた者のうち、何人かが助け出されたそのことを、『史料綜覽』 では 「同年七月十三日 是日、大宰府、刀伊ノ賊ニ捕ヘラレシ多治比阿古見、内藏石女等ノ歸參ヲ告グル状ヲ上ル」と記してゐます。 

しかし、この間、『史料綜覽』 には、藤原隆家の名前はまつたく出てきません。どうしてなのか、その點については著者が實にうまく書いてゐます(三九二~三九三頁)。讀んでのお樂しみとしておきませう。 

ちなみに、隆家は、これより二十五年後の寛徳元年(一〇四四年)一月一日に、六十六歳の生涯を終へてゐます。 

後半には、また、淸少納言とともに、『源氏物語』 と紫式部もちよいと登場。それと、刀伊との戰ひのさなかで思ふ、隆家の回想が印象的でした。

 

尚、カバーの内容説明によれば、「時は平安中期。京で心に荒ぶるものを抱いていた貴公子・藤原隆家は、陰陽師・安倍晴明から『あなた様が勝たねば、この国は亡びます』と告げられる。叔父・藤原道長との熾烈な政争を経て、九州大宰府へ赴いた隆家を待っていたのは、大陸の異民族『刀伊(とい)』の襲来だった―直木賞作家が実在した貴族の知られざる戦いを描く、絢爛たる戦記エンターテインメント巨編!」。 

 

「毛倉野日記(十)」(一九九五年一月)を寫し終へて、お待ちかねでないみなさまにもお送りする。この月には、“阪神・淡路大震災”が起こりました。ぼくの生活に直接影響はありませんでしたが、多くの知人がをられたのでだいぶ心配しました。ただ、ラヂオだけで、新聞もテレビもない生活でしたから、映像がないと、被害についてのイメージがわかないことを知りました。 

 

十二日に注文した、血壓計がやつと屆く。手首式にしたのは、寢床で簡單に計れるからと思つてだけれども、どれだけ正確か、それが問題。 

 

*近ごろはまつてゐるプラム。桃よりも梨よりも美味しい! かぶりつくと汁が滴る! それと、手首式血壓計。

 


 

八月廿三日(金)舊七月廿三日(壬辰・下弦・處暑 曇天ときどき雨 

朝、氣壓一〇一五hPa、濕度六五%。今朝の血壓、手首式で、一〇二~五九。三度繰り返して僅差なのでいいとする。

 

『圓光大師傳(法然上人行状畫圖) 第卅一・卅二』 を讀了。主な内容は、「七箇條起請文」、「月輪殿(九條兼實)から天台座主への消息」、「興福寺僧徒蜂起」、そして、「聖覺法印が法然上人にかはつて執筆した敎へ」、といふか、諸經典の解釋。これは難しかつた。 

つづいて、『堤中納言物語 〈おもはぬかたにとまりする少將〉』 と、半藤さん・保坂さんの 『そして、メディアは日本を戦争に導いた』 を讀みはじめる。『そして、メディアは』 は興奮せずには讀めない。血壓の低いぼくにはいいかも知れない! 

 

八月廿四日(土)舊七月廿四日(癸巳 晴 

朝、氣壓一〇一四hPa、濕度六六%。血壓九八~五八。 

今日は、牛久在住の楓さんから、東京都美術館で開催中の 《読売書法展》 のご招待を受けたので、川野さんと待ち合はせて出かけてまゐりました。楓さんの出品作は隷書で、白居易の 『賣炭翁(炭を賣る翁)』。膨大な作品の展示會場で、さがしあてるまで迷ひましたが、さすが楓さん。近づくとひと目でわかりました。素晴らしいと思ひました。 

他のほとんどの作品は、味はふよりは、まづは解讀を迫られます。いいかわるいかより、讀めるか讀めないかでは、鑑賞どころではありません。はたして藝術的なのか? まあ、一目で惹かれるか否かによつて、直感的な鑑賞は可能でありますが、やはりわかりやすさがぼくは好きです。それでも、變體假名がここでは生きてをり、捨てたものではないなと思ふ一方で、やはりつけ刃にしか思へないのは、天邪鬼だからでせうか。それにひきかへ、楓さんの 『賣炭翁』 は、文字を味はいつつ内容を深く鑑賞することができました。

 

歸路、川野さんと、上野公園を縱斷し、サイゴウサンのねぎしで、牛たんを美味しくいただくことができました。さらに、御茶ノ水驛から駿河台下まで歩き、古書會館の古本市で一時間ほど探書。阿満利麿著 『法然の衝撃 ──日本仏教のラディカル』(人文書院) と、佐高信著 『石原莞爾 その虚飾』(講談社文庫) を求める。ともに三〇〇圓。 

前者は、帶によれば、「精神史の中の法然 倫理道徳・死者祭祀・神祇崇拝・政治などこの世の一切の営みから超越し、阿弥陀仏へのひたすらなる帰依を説く法然の思想の根源性を鋭く開示」、といふ内容です。讀まざあといつた氣分になりました。 

また後者は、現在讀み進んでゐる 『そして、メディアは日本を戦争に導いた』 の中で、ジャーナリストが、「昭和史の取材で私のところに来ているのに、石原莞爾のことさえ知らないんじゃ、とてもじゃないけれどこちらもまともな話はできない」といふ指摘があつたからです。しかも、著者が佐高信さんですから、これは讀んでみようと思つたわけです。

 

さらに、古書店街を神保町交差點までのぞき見て、白山通りを水道橋驛まで歩き、電車を乘りついで上野驛下車。ぼくが案内して、例の“江戸ッ子壽司”で、靑柳、たいら貝、大きな岩牡蠣にしめさば、のど黑などをいただいて大滿足。川野さんとは、次回の會食ならぬ美術館見學を約束して、驛前でお別れしました。なんと、一日で、一〇二〇〇歩でした! 

 


 

八月廿五日(日)舊七月廿五日(甲午 曇天のち晴、さわやか 

朝、氣壓一〇一四hPa、濕度六二%。血壓九四八~五三。 

今日は、休息日。『堤中納言物語 〈おもはぬかたにとまりする少將〉』 を讀みあげ、さらに半藤さん・保坂さんの 『そして、メディアは日本を戦争に導いた』 を、踊る心を抑へつつ一氣に讀了。本書が何を訴へたかつたかは、表題を見れば一目瞭然。そのなかでぼくが感銘を受けたのは、本書のなかで何度も語られる桐生悠々(きりゅうゆうゆう)といふジャーナリストのことであります。 

桐生悠々は 『信濃毎日新聞』 の論説委員でしたが、その執筆活動は、「軍部に批判され、在郷軍人会などに終始嫌がらせを受け」、特高警察は常に彈壓を續けた。その結果、桐生悠々は、『信濃毎日新聞』 を離れて個人誌 『他山の石』 を刊行。「わずか四〇〇部程度の少部数のクオリティ雑誌であつた。それに対して国家がどれほどの暴虐を加えて、この雑誌を弾圧したかを思えば、国家は、『社会的に筋の通った論』には異様なほど脅えることを知っておく必要もある」、と保坂さんは記してゐます。

 

それと、新聞についてです。「読者は市民的権利を守るために新聞を読むといふより、新聞の勧誘員にそそのかされて買っているのが実態なんですからね。市民的自覚から新聞を読む、メディアの情報を求めるようにならないと、市民がジャーナリズムを支える時代なんか来るわけありませんよ」といふ、嚴しい指摘です。 

さう言へば、ラムが元氣で毎日散歩をしてゐた時です。ふと氣づいたのですが、毎日會ふ自轉車の人がをりました。讀賣新聞の勸誘員です。それも毎日どこかで必ずですからね。一日に何度も會ふ時もあります。これは大げさでも誇張でもありません。御用新聞に多大なる庶民が押し流されていくのが、目に見えるやうです!

 

「新聞や雑誌を買うのは、知る権利を負託していることについての負託料を支払っているのであり、期待値として対価を払っているんだと、もっと自覚すべきですね」との言葉にも敎へられました。さうすれば、當然、どの新聞を取るべきか、まづ比べてみることが大事でせう。父が亡くなるまでは、「勧誘員にそそのかされ」た産經新聞を取つてゐましたが、ぼくは東京新聞に替へました。父も母もテレビ版が見なれてゐるからなんて言つて替へたがりませんでしたが、替へてみてびつくり、産經は穏健だなんて言ふ人もゐますが、御用新聞といふか、まるで「国家の宣伝要員」ですね! 

どの新聞を應援するか、それは自分がどういふ社會を望んでゐるかを表明してゐることでもあるのだ。

 

 

 

八月一日~卅一日 「讀書の旅」    『・・・』は和本及び變體假名本)

 

八月二日 〈あふさかこえぬ權中納言〉 (『高松宮藏 堤中納言物語』 所収 日本古典文学会)

八月四日 嵐山光三郎著 『「下り坂」繁盛記』 (ちくま文庫) 

八月五日 梅棹忠夫著 『夜はまだあけぬか』 (講談社文庫) 

八月十日 森詠著 『死者の戦場』 (小学館文庫) 

八月十一日 〈貝あはせ〉 (『高松宮藏 堤中納言物語』 所収 日本古典文学会) 

八月十三日 保坂正康著 『あの戦争は何だったのか 大人のための歴史教科書』 (新潮新書) 

八月十四日 半藤一利編著 『十二月八日と八月十五日』 (文春文庫

八月十五日 『圓光大師傳(法然上人行状畫圖) 第廿九・卅』 

八月十七日 日本文藝家協会編 『時代小説 ザ・ベスト2019 』 (集英社文庫

八月十八日 池波正太郎著 『江戸の暗黒街』 (新潮文庫) 

八月十九日 池波正太郎著 『闇は知っている』 (新潮文庫) 

八月廿二日 葉室麟著 『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』 (実業之日本社文庫)

八月廿三日 『圓光大師傳(法然上人行状畫圖) 第卅一・卅二』 

八月廿五日 〈おもはぬかたにとまりする少將〉 (『高松宮藏 堤中納言物語』 所収 日本古典文学会) 

八月廿五日 半藤一利・保坂正康著 『そして、メディアは日本を戦争に導いた』 (文春文庫)