六月廿六日(水)舊五月廿四日(辛未・朔 晴 

今日は半年ぶりの東京散歩です。まあ、散歩といつても古本市めぐりばかりではお小遣ひがつづきませんから、ただ單純に元氣をかきたてるために歩いてきました。 

まづは恆例の、〈コース番號30〉のコース名と内容─「川辺散策 妙正寺川・神田川 新井薬師前駅~東中野駅 妙正寺川を下り、下落合駅をまわって神田川を上るコース。落合という地名は、この二つの川が合流する(落ち合う)ところからきている。神田川沿いは春の桜が美しい。〔所要〕2時間」。

 

といふことで、ぼくは、ガイドブックとは逆回りで歩きました。東中野驛のはうがスタートしやすかつたからです。東中野驛東口を、一一時に出發。ガイドブックに從つて南に向かひ、「細い路地に入っていく」と、第六天神社につきあたりました。境内は草茫々、道標らしきものに、「是ヨリ左ぞうしがや道」と文字が刻まれてゐます。そのやうに左折したら、すぐに神田川の柏橋でした。この道をまつすぐたどれば雑司ヶ谷なんでせうか、わからないままに、外壁をコンクリートで固められた川にそつて下りはじめました。 

川と言ひましたが、ぼくにはこれを川とは呼べませんね。せいぜい用水路か巨大な側溝であつて、川のおもむきなど少しも感じられません。第一入ろうとしても危険です。二度に分けて源流から下つた野川の風情こそ川といふべきで、岸邊で手をすすぎ、顔を洗ふこともできないやうなのは斷じて川と申してはいけません。 

さて、恐る恐る巨大側溝に沿つて歩きはじめました。ぼくは散歩のときは、目で見、耳で聞き、鼻でかぎ、口で味はうためにすべての感覺を開放するやうにしてゐます。でないと何を逃してしまふかわかりませんしもつたいない。 

川沿ひはたしかに、「神田川四季の道」と稱して、大木から中木、低木までも植ゑられてゐて、春などは櫻がきれいだらうなと思ひます。そのソメイヨシノ、ハナミズキ、サザンカ、各種のツツジ、クチナシには白い花が咲いてゐていい匂、そのわりには通行人は少ない。 

橋の名がまた凝つてゐて、萬龜橋に龜歳橋、妙正寺川も含めると、千代久保橋、寺斎橋、新杢橋、水車橋等々。樂しみは自分で見いだすものであります。 

途中、寄り道のやうにして入つたのが落合水再生センターで、オロナミンCを飲んで休憩。この公園のやうに、トイレに出會へるやうに設定されてゐるのが、このガイドブックのすぐれたところでもあります。そのほか、立ち寄りはしませんでしたが、コース沿ひにある名所舊跡なども克明に記されてゐます。 

 

*寫眞左、柏橋。右、妙正寺川中井驛付近

 


 

ところで、「落合」ですが、二つの川が合流するところのはづなんですが、妙正寺川の方が、暗渠に入つてしまひ、地下のどこかで神田川と合流するやうに仕組まれてゐるのでせう、なんとも味氣ない姿になつてゐます! 

半分ほど歩きました。晝時なので、下落合驛前の店で、和風ハンバーグをいただきました。 

後半も、兩壁が切り立つた妙正寺川をさかのぼり、落合公園では子ども動物園が開催されてゐたので、保育園の子どもたちを見ながら休憩。その後、「江戸時代から名高い神社」といふ氷川神社を訪ね、「船型光背の馬頭観音」の前でたたずみ、最後に、「『たきび』のうた発祥の地」碑に出會ひました。歌詞があつたので、ちよいと口遊むでみましたが、懐かしさが胸の内にひろがつてきました。歌つて不思議な力があります。そこは武藏野の面影を殘す素晴らしい農家と何本ものけやきの木が茂る場所でした。しばらく木蔭にたたずみ、やすらぎをそつと味はひました。すでに、新井藥師前驛は目の前でした。歩いた歩數は、正味、一〇二四〇歩でした。 

 

一件落着後、新井藥師前驛の驛前に古本屋を見つけ、はいりますと、山田風太郎著『傳馬町から今晩は』と『おれは不知火』と『明治忠臣藏』、いづれも河出文庫、三册合はせて、四〇〇圓。今書寫してゐる「毛倉野日記」の中でちやうどこの三册を讀んでゐるので、なつかしくて買ひ直してしまひました。この古本屋さん、どうどうとエロ本がならべられ、近ごろ他の書店では見られない壯觀さでした! 

それと、中野驛までバスに乘り、早稻田通りに新しくできたといふ 「古本案内処」 といふ古本屋を覗きました。けつこうそろつてゐるお店で、和泉書院影印叢刊の 『古版本三種 横笛滝口の草子』 を入手。五〇〇圓でした。結局、古本散歩になつてしまひました。 

 

六月廿七日(木)舊五月廿五日(乙未 曇天、蒸し暑い 

昨夜、眠れぬままに、『朗詠假名抄』 を讀了。これは、『和漢朗詠集』 の中から和歌だけを抜き書きした粘葉本(でつてふぼん)です。二一六首あるうちの何首か、意圖的なんでせうが、まるで萬葉假名の歌がありました。ぼくには、次の二首が身にしみました。 

「よのなかにあらましかはとおもふひとなきはおほくもなりにけるかな」 

「なにをしてみのいたつらにおいぬらんとしのおもはむこともやさしく」 

さて、《變體假名で讀む日本古典文學》 のつぎの候補は・・・・・、まづ、讀みかけの 『堤中納言物語』 から行きませう。やはり、物語が面白い。でも、その前に。

 

おせいさんの 『ああカモカのおっちゃん』 讀了。もう何十年も前に讀んだものの、まつたく新鮮に讀み通すことができました。カモカのおっちゃんは、「あーそびーましょ」とおせいさんのところにやつてきては、お酒を飲み飲み好きかつてなことをしやべつていくのです。テーマは、「女の太もも」、「女のワガママ 男のワガママ」、「野暮と粋」、「ワイセツとは何ぞ」、「不純のすすめ」などなど、いかにもオトナの好きなお話。でも、これらみな、カモカのおつちゃんを通しておせいさんの本音が語られてゐるとおもふと興味深い。 

 

六月廿八日(金)舊五月廿六日(丙申 曇天、日中一時晴 

今日は通院日ならぬ檢査日、西新橋の慈惠大學病院へ行つて、心臟のエコー檢査を受けてまゐりました。それもいつもなら、二三十分で終るのに、今日は二度も、はじめは男性技師、これで終りかなと思つたら、つづいて女性技師にかはり、結局一時間もかかつてしまひました。でも、薄暗い個室の中で、若い女性にうしろから抱かれるやうにして裸の胸をまさぐられるのは、ぼくは嫌いぢやああありません。これだから心臓病もやめられません!

 

歸りは神保町と思ひましたが、ここのところ妻がまたノラネコ騒動のために奔走し、家で留守番をしなければならないので、直歸。それでも新橋驛まで、サラリーメン・ウイメンで賑う晝どきの繁華街を歩いて、銀座線と京成を乘り繼いで歸つてきました。 

それで、今朝持つて出た、『誰も教えてくれなかった「源氏物語」本当の面白さ』 を歸宅後も讀みつづけ、ついに讀みあげてしまひました。ぼくは、林真理子があまり好きぢやあないので敬遠してゐましたが、山本淳子先生に惹かれて讀んだところが、けつこう面白い。またおふたりの質疑が素朴で、あらためて敎へてもらつたことが多い。 

ただ、山本淳子先生、『源氏物語』 の成立順序について、わけのわからないことを述べてゐるのでちよいとがつかり! いはゆる「玉鬘系後記説」をとつてゐないやうなんです。 

 

「毛倉野日記」の書寫(!)も、一九九四年六月に入りましたが、所々で書き加へてゐた「補足」を、「解説」と言ひかへることにしました。當時の出來事に補足して何かをつけ加へるといふよりも、現在の時點から解説し、或いは言ひ譯するはうが面白いと思つたからです。 

 

六月廿九日(土)舊五月廿七日(丁酉 終日小糠雨 

今日は、道子叔母さんの四十九日の法要がいとなまれ、《源氏物語をよむ》 の講義には缺席する。場所は、立石の源壽院。その法要たるや、ドンドン、カンカン、チンチン、ポンポン、しまひには指パツチンである。和尚さん、今にも踊りだすのではないかと見えたり。ものすごいパフォーマンスでありました。 

會食は、夕方、龜有の須田といふ「しゃもなべ日本料理」屋さんで。近來味はつたことのない美味、珍味の攻勢に壓倒されましたが、十數品のお料理、限界だつた最後のおかゆ以外のすべてを平らげることができて、ぼくのおなかもびつくりしてゐるはづです。馬橋の家の八人、ぼくの家からの四人の計十二人。みな穏かな從兄姉と娘たちで、おばさんの位牌を前に、しんみりと樂しいひとときでした。 

 

六月卅日(日)舊五月廿八日(戊戌 小雨のち曇天 

 今日は、終日横になつてうだうだしてゐました。疲れたのかも知れません。それでも、どうにか 『念佛ひじり三国志(五) 法然をめぐる人々』 を讀み進むことができました。これが終ると、讀書の旅が多少樂になります。

 

買ひ込んだ本が、書齋に収まらず、ベッドの周りも占拠しはじめました。書庫に移せばいいのですが、運ぶのが問題です。どなたか、近所の學生にアルバイトさせようかと眞劍に考へてゐるところです

 

「毛倉野日記」の書寫、やつと六月の廿日に到達しました。 

 

*寫眞・・・道子叔母さんの法事の會食にて。それと、六月廿六日の「『たきび』のうた發祥の地」碑の建つ風景

 


 

 

 

六月一日~卅日 「讀書の旅」    『・・・』は和本及び變體假名本)

 

六月二日 寺内大吉著 『念佛ひじり三国志(二) 法然をめぐる人々』 (毎日新聞社) 

六月五日 森詠著 『風の伝説』 (徳間文庫) 

六月八日 加藤昌嘉著 「紫上系と玉鬘系」 (『物語の生成と受容 ③』 国文学研究資料館 所収) 

六月九日 玉上琢弥著 「『谷崎源氏』をめぐる思い出」 (『玉上琢弥先生退職記念特輯』 大谷女子大国文学会編 所収) 

六月九日 『圓光大師傳(法然上人行状畫圖) 第廿一・廿二』 

六月十日 寺内大吉著 『念佛ひじり三国志(三) 法然をめぐる人々 (毎日新聞社) 

六月十三日 『法然上人絵伝 第廿三~廿四』 (岩波文庫) 

六月十三日 森詠著 『陽炎の国』 (徳間文庫) 

六月十五日 『淸經』 (觀世流稽古用謠本・袖珍本 檜書店) 

六月十六日 秦恒平著 「清経入水」 (『清経入水』 角川文庫 所収)  

六月十九日 簗瀬一雄編 『一言芳談』 (和泉書院影印叢刊

六月廿日 寺内大吉著 『念佛ひじり三国志(四) 法然をめぐる人々』 (毎日新聞社) 

六月廿六日 『朗詠假名抄』 (淸雅堂) 

六月廿七日 田辺聖子著 『ああカモカのおっちゃん』 (文春文庫) 再讀 

六月廿八日 林真理子×山本淳子 『誰も教えてくれなかった「源氏物語」本当の面白さ』 (小学館新書)