十二月十五日(土)舊十一月九日(辛巳) 晴、寒い

 

今日も古本散歩。駿河臺下の東京古書會館と五反田の南部古書會館の二か所をはしごしてきました。東京古書會館のはうは、和本で占められてゐたと言つていいくらゐの量でしたが、みな高價なものばかりで、結局和本は斷念。五十嵐書店が出品してゐた影印の 『難波鉦(なにはどら)』 と 『小松茂美 人と學問』 のみ。五反田も同じやうなもので、眞澄研究家の内田さんのご本のみ。といふわけで、期待したほどの収穫はありませんでした。しかし、それぞれが必然性をもつて出會つたのかなといふ思ひはいたします。 

五反田驛からは、京成線直通の快速に乘れたので意外に早く歸宅できました。歩數は、七四〇〇歩でした。 

 

今日の寫眞・・・入手した三册。中央は、現在讀書中の、『眞澄遊覽記 わかこゝろ』 がどのやうな意圖のもとに編譯されたのかを知るために。右は、中野三敏先生が 『和本のすすめ─江戸を読み解くために』 の中で絶賛してゐたのを思ひだして得た、その影印書。最後の左の本は、ご存じ小松茂美先生の偉大さを再確認するために求めました。 

それぞれ出會つたのが運のつき、といふかお導きのしからしむところでして、ぼくの讀書の旅はこのやうにしてたどつてゐるといふ、恰好の例となるやうな今日の古本散歩でした。 

 

註・・・『難波鉦』 難波の鉦(どら)息子が親の目を盗んで遊里へ出かけ、馴染みの遊女に「遊び」の指南を受ける。遊女達は客の問に応じて、遊里での作法から客と遊女の心理的駆引まで、その手練手管をつぶさに語る。大坂新町を舞台にした「遊女評判記」の白眉と称すべきこの作品は、西鶴等の浮世草子や洒落本の先駆で、江戸初期俗語研究の貴重な文献。