十一月(霜月)一日(木)丁酉(舊九月廿四日・下弦) 

 

ちよいと趣向をかへて、小松茂美著 『平家納経の世界』(中公文庫) を讀みはじめました。源平の歴史であれば、『源氏物語』 の世界をすぎてからと考へてゐますが、どうも、「平家納経」にかかはる謎を追ふといふことですので、手にとつてみました。

 

著者の小松茂美さんは、「かな」についての著書もあり、ぼくとしては、古筆(變體假名)に親しむのが目的ですが、『伏見天皇宸翰 筑後切古今集』(日本名跡叢刊) とか 『一休宗純 自畫三十六歌仙』() を讀むとともに、その小松さんの解説も讀ませていただきました。

 

ところが、本書は、「平清盛以下、一門三十二人が結縁して厳島神社に奉納した豪華絢爛たる装飾経『平家納経』成立の」謎に取り組むといふもので、當時の公卿の日記を縱横に驅使してゐるところが特別に氣に入りました。 

引用は多岐にわたり、『百錬抄』、『愚管抄』 をはじめ、『中右記』、『長秋記』、『宇槐記抄』、『兵範記』、『玉葉』、『吉記』、『古事談』、『保元物語』、『平治物語』、『源平盛衰記』 などなど。引用個所をいちいち開いて確かめながら讀めたらよかつたのでせうが、足踏みするのが惜しくて先へ先へと讀み進んでしまひました。 

そのなかでも興味深かつたのは、平淸盛の昇進にあはせるやうにして昇進してゐた嚴島神社神主の佐伯景弘の動向です。その佐伯景弘が、淸盛没後に大變身して朝廷に組したところなど、面白くて笑つてしまふほどでした。

 

それに、『高倉院嚴嶋御幸記』 の引用があつたところでは、書棚から 《群書類從 特別重要典籍集》(重要文化財である版木より摺り立てた和本) の中の一册を出してきて、冒頭の數頁を讀んでみたら、これまたすいすいと讀めたのでうれしくなりました。讀めてもわからない 『源氏物語』 と違つて、よめればそのまま理解できるのですから堪へられません。まあ、『平家物語』 もこのやうに讀めることを期待したいと思ひます。 

手もとには、『利休の死』 もありますが、著者畢竟の作である、『後白河法皇日録』 をいつか讀んでみたい。 

 

註・・・小松茂美(こまつしげみ) [19252010] 古筆学者。山口の生まれ。国鉄職員などを経て、昭和28年(1953)東京国立博物館に入り、独学で古筆研究をすすめた。昭和36年(1961) 『後撰和歌集 校本と研究』 で文学博士号を取得。退官後は古筆学研究所を設立。著書は、公私立の博物館・美術館、個人のコレクター所蔵の平安時代から鎌倉時代にかけての歌切や歌論書などの古筆を集大成した 『古筆学大成』(全30巻、講談社、198993年) や 『平家納経の研究』 など。 

尚、古筆学とは、書道史、歴史学、国文学、絵画史を超越する、学際的な新たな学問である。小松茂美はその樹立に、凄まじい情熱を注ぎ、人生のすべてを捧げて、2010521日午後053分、心不全のため死去した。享年85