十二月廿八日(木)己丑(舊十一月十一日) 晴
今日の讀書・・『十帖源氏』 をはじめとして、『源氏大鏡』、そして、『源氏小鏡』 を讀み囓つて來ましたけれど、ダイジェスト版はやはりダイジェスト版ですね。昨夜から、今日も一日、「靑表紙本」の〈賢木〉を讀んでゐて、悟つたところがあります。それは、原文の濃厚でしつこい描寫を抜きにしてしまつたら、なんと言ひませうか、抜け殻といふか搾り滓のやうなものになつてしまふといふことであります。これらは、それぞれの時代が要求したものなのでせうが、原文を讀む手引書にしては、原文からかなり遠ざかつてしまつてゐます。そのやうに感じました。まあ、研究するわけではないので、ぼくなどは、復習とくづし字の勉強をかねた參考書として讀んでいけたらいいのではないかと思ひます。
ところで、源氏の魅力は、何と言つても、しつこくて粘つこくてもういいかげんにしてくれと言はせるやうな描寫にある、と、かう言はせていただきませう。ですから、讀むのには時間はかかるし、その途中でぼくの人生は終はつてしまふかも知れませんが、〈さくらアカデミー〉を一方の柱として、「紫上系」の十七帖讀破をぼく自身の柱として、讀み進んでいきたいと思ひます。
それで、今日は、久しぶりに、大野晋先生と丸谷才一さんの對談、『光る源氏の物語(上)』(中公文庫) を出してきて、〈葵〉は八月に讀んでゐるので間があいてしまひましたが、〈賢木〉の部分を讀んでみました。いやあ、面白い。どう面白いかといふと、讀んでゐると、え、そんなところあつたかいな、と、原文をひろげて確かめざるを得なくなるのであります。ぼくは、かう言ふ本こそ讀むに値する參考書だと思ひますね。
〈賢木〉については、「この卷でも、源氏に関係している女の人が次々に登場してきて、それぞれが少しずつちゃんとスペースを占めながら、最後の密会の露見という大事件に至る前の展開を静かに運んでいっている」。といふやうに興味を持たせつつ、野宮での六条の御息所と源氏の逢瀬についてのところなど。
丸谷 いうまでもないことですが、この夜、実事(引用者註・性的關係のこと)ありですね。
大野 実事ありでしょう。
丸谷 この実事のありなしをいつもきちんと押さえていかないと、『源氏物語』 は読めなくなります。
大野 作者は作者の美学として、実事などはほのめかすだけで、はっきりとは書かないんですから、うっかり読んでいくと、素通りするんですね。
これだけでも、さうかさうかと胸をときめかしてしまひますけれど、さらに源氏が藤壺に忍び入る場面では。
丸谷 藤壺が三条宮に移っていく。その藤壺の寝所に、源氏は例によって王命婦の手引ででしょう忍び入る。ところが、ここ、実事なしですね。
大野 ぼくはこれ、あると思っているんだけど。
丸谷 ありですか。
大野 「いかなるおりにかありけむ、あさましうて近づき參りたまへり。心深くたばかりたまひけむことを、知る人なかりければ、夢のやうにぞありける。・・・うつし心失せにければ、明け果てにけれど、出でたまはずなりぬ」 といふの、これどうですか。
丸谷 「うつし心失せにければ(分別をなくしてしまはれたので)」 ねえ。そうか。
・・・
大野 どうもこの卷は実事ありやなしやの論が多いみたいですね。(笑)
丸谷 要するに、『源氏物語』 はそれなんですね。
大野 そう。『源氏物語』 の作者はそれをあらわには書かないことをもって、彼女の信条としているんですから。
丸谷 すると、源氏と藤壺の間は実事は三回あった。
大野 少なくとも三回あったことになりますね。
このやうにして、極めて眞劍に原文の解明がなされていくのですから、眞面目に讀んでゐる讀者には堪へられません。ダイジェスト版や現代語譯ですませてゐては、このやうな對談に加はることはできないでせうね。役得といふか、努力得と言つてもいいでせう。
今日の御詠歌・・二十六番の解説、二十六番、二十七番、二十七番の解説、(二十八番の解説は宿題)
*昨日の宿題、二十六番の解説
「第二十六ばん はりまの國かさい郡さかもと村 法花山一じやう寺(一乘寺)
本尊十一觀世音菩薩 御長一尺六寸 かいさん法道せんにん將來のそんざうなり」
*第二十六番札所
「廿六ばん はりまの ほつけだう
はるははな なつはたつはな あきはきく いつもたへせぬ のりのはなやま」
(春は花 夏は橘 秋は菊 いつも妙せぬ 法の華山)
*第二十七番札所
「廿七ばん はりまのしよしや寺
はるばると のぼればしよしやの 山おろし まつのひゞきも みのりなるらん」
(はるばると のぼれば書寫の 山おろし 松のひびきも 御法なるらん)
*二十七番の解説
「第二十七ばん はりまの國しきさい郡しよしや村 しよしや山いんきやう寺(圓敎寺)
本尊如意輪觀世音菩薩 御長八尺 安ちん(安鎭)行者の御作にして 開山しやうくう(性空)上人なり」
今日の寫眞・・お正月用のホーム寫眞(二種)を前倒ししてお載せします。