十月廿五日(水)乙酉(舊九月六日 曇りのち晴

 

第五報・・・おはやうございます。 

「天理・京都紀行」の二日目になりました。夕べはぐつすり眠ることができまして、心新たに出発、と思ひきや、京都国立博物館にまゐりましたところ、開場前なのにすごい行列です。どうしませう? 

まあ、ほんものを見たからといつて、それがなんぼのもんぢや、と言はれれば、返す言葉が見つかりませんが、一応待つてみます。 

 

第六報・・・すごい行列と言ひましたが、開場となつて振り向きますと、なんとすでに正門あたりまでの行列です! 

それで、ぼくはまづ三階に上がり、最澄と空海の書跡を見、これはまたエロチックな土偶の前に立ちました。縄文のビーナスですよ! 火焔型土器もすばらしい! 

それからです。二階に下りまして、「六道と地獄」の展示室の、餓鬼草紙と病草紙には感動いたしました。昨日読んだ、『日本の絵巻』 でははつきりしなかつた、遊び興じてゐる公卿たちに取りついてゐる小さな餓鬼が、よく見えました。ツァイスのスコープが役立ちました。

 

同じ展示室の、黑縄地獄図、阿鼻地獄図、人道無常地獄図、人道苦相図などの六道絵は、表面は進歩発展し、お上品に着飾つた今日も、一皮むけば地獄にさらされてゐることを敎へてゐるやうに思ひましたし、パスカルが、人は気晴らしに興じながら滅びの崖に向かつて歩んでゐると言つた言葉を思ひ出しました。 

さらに、法然上人絵伝と一遍聖絵。地獄が深いほど、極楽往生への希求は激しくなるものなのでありますね。念仏の高まりが聞こえてくるやうでありました。 

まあ、あとは雪舟などの絵画と信貴山縁起絵巻。ただ、古今和歌集と定家の奥入、為家筆の土佐日記などが見れなかつたのが残念です。 

 

添付寫眞・・京都國立博物館。開場を待つ行列。會場内は撮影禁止! 

 


 

第七報・・・博物館を出ると目の前が三十三間堂。今度こそはと、じつくりと見学いたしました。 

まづは、建物の正式名称です。蓮華王院本堂と言ひ、元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂で、本尊は本尊千手観音坐像ださうです。 

三十三間堂は、入る時に聞いたら、通りぬけることはできないといふので、半分仕方なしに庭を一周し、堂内にも入つたのですが、どぎもを抜かれました! 

千体観音像が、本尊を囲んで所狭しと整然と並んでゐるんです。異様なながめです。今まで訪ねたお寺では経験したことのない雰囲気です。よく見て行くと、どうも一体一体お顔の表情が違ふやうなのであります。 

ところが、歩きつめた最後のところの三体が欠けてゐて、湛慶作のそれぞれが、奈良と京都と東京の各国立博物館に出陳中だといふことでした。 

 

添付寫眞・・三十三間堂と千体観音像。

 


 

長い三十三間の廊下を突き当たつて、裏へ回つたら、いくつもの解説板が並んでゐる中で、興味がひかれたのが「通し矢」です(註)。聞いてはゐましたが本当だつたのです。 

一六〇六年から一八五三年までの約二三〇年間で、通し矢約四〇〇回、のべ八〇〇人が挑戦。通し矢数一〇〇万本をこすといふのです。 

それが、「矢数帳」の現物があつて、日にち、本数、名前が記されてゐるんです! さらに驚いたのは、的付近の壁やら柱に矢を受けた痕跡がありありなんですね。まあ、おつたまげましたです。しかも、座射なんです。さうでせう、何百本何千本と射るのに立ちつづけることなんてできませんものね。びつくりです。ぼくの貧弱な弓道経験では想像もつかないことをやつてのけた人々がゐたんですねえ。 

さういへば、この六月に読んだ、柴田錬三郎の 「通し矢勘左」(『剣鬼』所収) にそのありさまが、小説とはいへ詳しく描かれてゐました。

 

「寛文九年(一六六九年)九月一日昏れがた─。 勘左衛門は、竹矢来をめぐらした三十三間堂の庭に立っていた。『祈願八千本』 竹矢来には、千人もの見物人が蝟集していた。勘左衛門は、篝火のゆらめく明りの中を、矢を放ちつづけた。 

星野勘左衛門の八千本の記録は、それから十七年間、破られなかった」。 

 

註・・通し矢の歴史は古く、始まりがいつ頃かははっきりしないが天正年間(15731592年)には行われていたという。当時の通し矢は境内で行うのではなく、軒下で行うもので、斜め上に向けて矢を射ると庇に当たってしまう。そこでかなりの強さで、ほぼ直線的に矢を飛ばす必要があり、座った状態で矢が射られた。距離は現在の2倍となる120m、南端から北端へ33もの柱を通過することから「通し矢」と呼ばれるようになった。 

通し矢は江戸時代になると、大流行する。諸藩から弓の名人が集まり、24時間内に何本の矢を的中できるかを競い合った。照明のない時代に120mという長距離を、まる1日継続して射るという、なんとも過酷な競技である。相当の体力が必要とされたことであろう。 

 

添付寫眞・・通し矢の貴重な寫眞です。