九月六日(水)丙申(舊七月十六日・望 曇天ときどき雨

 

今日の讀書・・なんとなくもの憂くて氣分もすぐれませんでしたが、それでも讀みつづけました。傍らでは、モモタとココが寄り添つてくれてゐるので、やつと、『訪書の旅 集書の旅』 を讀み終へました。 

濃い内容の本でした。我が日本古典文學が、どのやうにして今日ぼくたちの手に届くことができたのか、研究者お一人お一人のご努力にたいして、感謝と畏敬のこころを持たずには讀めませんでした。 

何が感謝なのか、その具體的でわかりやすい例の一端を記しておきませう。上村悦子先生の 「蜻蛉日記研究の思いで」 の中の一節です。

 

「私が 『蜻蛉日記』 の校本作成を志したのは終戦間もない頃・・。『蜻蛉日記』 には宮内庁本、吉田本、阿波国本、上野本、松平本、徴古館本、大東急本、彰考館本、無窮会本はじめ、その他十数本の古写本が現存している。どの本も大体近世初期の書写のものと思われるが、この写本群のうち、どれの本文が原本に最も近く自筆本の面影をよく伝えているのだろうか、このことは 『蜻蛉日記』 の本文を研究する上に極めて重要なことなので、私は校本作成当初から関心を持って書写させて頂いて来た。」

 

そのために、全國に散在する圖書館や文庫を訪ねての「書写」ですから、これは想像を絶するご努力といふしかありません。しかも、戰前戰後の交通の不便な時代です。他のほとんどの研究者の 「訪書の旅」 もこのやうな、古寫本を訪ねての旅なんです。が、またそこで、新たな寫本に出會ふ 「集書の旅」 でもあつたわけであります。

 

「しかし、どの写本もこの上なく尊い貴重本に思われ、果たしてどれが一番祖本に近い善本なのか、また写本相互の関係はどうなのか、全く不明であり、一体どのようにしてそれを知り得られるのか・・」 

 

とまあ、以下、それがどのやうにして報はれたのか、感動、といふか、わくわく感なくしては讀めませんでした。 

 

今日の寫眞・・讀み終はつた 『訪書の旅 集書の旅』 と、大塚ひかり全訳 『源氏物語 第一巻』 (ちくま文庫)。これは、實は、ちよいとからかい半分で古本で求めたんですが、いやなに眞面目といふか、參考書にはいいと思ひました。〈葵〉の卷のところを讀んでみたんですが、前後の關係やつながりがよく理解できるやうに書かれてゐて、ああ、さうだつたのか、といまさらに思はされました。はい。 

ぼくに寄り添つてくれるモモタとココ。