六月廿二日(木)庚辰(舊五月廿八日 晴のち曇天

 

今日の讀書・・丸谷才一さんの 『袖のボタン』(朝日文庫) 讀了。さすが丸谷さん。敎へられること多く、あらためてもつと讀んで學ばなければならないと思ひました。 

元號についても敎へられました。「元号のせいで凶事がつづくなどと言ふと、縁起をかつぐみたいで滑稽かもしれない。しかしあれはもともと呪術的な記号である。その呪術性に気がつかないのは、フレイザー=デュルケーム以後の文化人類学的思考に対する無知にすぎない。縁起ものだからこそ、平治のときのやうに、これはいけないとなると改元した」。平成といふ傳統的命名觀からすれば縁起が惡い元號は、一世一元などと決めつけないで變へたらいいといふ論旨であります。 

また、「本当のことを言へば、これを機会に年号を廃止し、西暦でゆくのが一番いい。尺貫法からメートル法に移つたと同じやうに、普遍的な制度にするのだ。たとへば岩波書店、講談社、新潮社などの本の奥付はみな西暦で書いてあつて、まことに機能的である」。その通りと言ひたいです。 

そのせいか、丸谷さんは、年號と西暦を竝記する場合、「西暦(年號)」ですね。見習ひたいです。 

 

今日、夕方、しつかり閉めなかつた書齋の裏の扉からココが逃走しました。たいへん心配して家の回りを探しましたけれども、これはひとつの轉機といふか賭でもあると思ひなほし、騒がずに待つことにしました。なかば歸らない、なかば歸つてくる。いや、どうにでもなれと、振り子のごとく搖れ動くぼくと妻の心の動搖を尻目に、お姫樣、夜の八時過ぎ、ひよこひよこと、輕快にお尻を振りながらご歸還なさいました。いつたいどこをさまよつてゐたのでありませうか。ほつといたしましたが、問ひ正してみたい! 

 

《東京散歩》〈コース番號6〉「鉄道探訪」 (つづき)

 

日差しが嚴しくなつてきた道を、ふたたび瀧野川女子學園までもどり、跨線橋も渡り、さらに線路に沿つて南に向つて歩きました。まるでカタカナのコの字を橫に細長く書くやうに。すると、ちやうどモチ坂の東斜面の下、つまり崖下になるわけですが、そこまで來て左折すると、そこでなんと貝塚と遭遇したのであります。「国指定史跡 中里貝塚」 です。 

この近くまで海岸がきてゐた證據ですね。それで、このあたり以東はまるで低地でまつ平。太古の光景がほんのちよびつとですけれど思ひ浮かばれて、心まで遠くにつれていかれるやうでした。そして、その平らな低地を生かした施設こそ、何を隠さう、鐵道の列車操車場だつたのであります。

 

「鉄道ウォッチングのポイント」と記されたその脇に沿つて歩いてみました。しかし、これをどうして「鉄道ウォッチングのポイント」などと言へるでせうか。右手にひろがるはづの列車も線路すら見えません。高い塀が地平線(!)までつづき、視野をさへぎつてゐるからです。こんなつまらない道はありません。 

だからぼくはその綻びを見つけるのにたいへん苦勞しました。が、その苦勞もいくつかむくはれて、塀と建物のあひだから、なんと懐かしい轉車臺を發見! それも、縦長のちやうど電話ボックスのやうな操作室をちらりと見かけたからで、でも全貌は見えません。ところがよくしたもので、左手の家並みの一軒が會社の社員寮のやうで、外階段といふか非常階段なのでせう、その階段を恐る恐る、三階か四階あたりまでのぼつたら、目の前が開けて、斜め下に確認できました。やはり轉車臺でした。といふことは、このあたりに、かつて蒸氣機關車の車庫があつたのでありますね。それが痕跡のやうに殘つてゐたと、かういふわけだつたのであります。これまた少々ですけれど感動いたしました。 

また、すき間から、奇妙な車輌を發見しました。通常の車輌ではありません。ドクターイエローのやうでもありません。これは、ご專門の從兄弟の雅純君に聞くしかないと思ひました。

 

操車場の根元にあたる梶原踏切までやつてきました。宇都宮線・高崎線の踏切でもあります。右方向には、かすかに尾久驛が見て取れます。子どものころ、母の生まれ育つた高崎の家へゆくのに、上野驛から出發するのですが、必ず尾久驛に停車しました。ふだん通ることのない驛ですから、異國といふか異次元の世界への入口のやうな氣持ちがしたことを、懐かしく思ひ出されました。 

さらに、線路に沿つて右折し、列車通過の姿をカメラに収めたりしてゐるうちに、今日の「鉄道探訪」の散歩は終りに近づきました。このまま歩けばゴールの尾久驛です。が、ガイドブックのコースとしては、町のなかを大曲りして尾久驛へと至ります。 

ぼくは、しかし、あとの豫定が控へてゐたので、都電の梶原停車場まではガイドブックに從ひ、そこをゴールとして、今回の東京散歩の〆といたしました。 

到着は 一三時一五分。正味、九〇六〇歩でした。 

 

今日の寫眞・・貝塚へと曲がる角付近から見た新幹線基地。 

こんなところに 「国指定史跡 中里貝塚」。 

蒸氣機關車のための轉車臺。 

へんてこな不思議な色の車輌。 

梶原踏切から操車場一望。 

梶原停車場近く、「都電最中」で有名な明美和菓子店。