六月五日(月)癸亥(舊五月十一日 晴のち曇り、雨

 

今日の讀書・・昨夜、『十訓抄』 を讀みました。といつても、岩波文庫で言へば、第一の四五「藤原惟規の好事」といふ段でして、それも、『十訓抄 上』(古典資料⑩ すみや書房) の複製で讀んでみたわけであります。四年前に求めた影印本にもやつと出番が回つてきたわけでありました。判讀しがたい文字や漢字などは、岩波文庫と照らしてあはせながらでしたが、ほぼ滿足に意味をくみ取ることができました。 

この藤原惟規(のぶのり)は、紫式部の弟でありまして、越後守となつて赴く父爲時にともなひ、現地で、「をもく煩」つてしまひます。そのときの歌が・・・。

 

〈都にも戀しき人のあまたあれば なを此度はいかむとそおもふ〉

 

「いかむとそおもふ」とは、何としてでも生きたいといふ心でせうか。たくさんの未練を都に殘したまま行かなければならない無念が感じられます。そこに、父が呼んでくれた善知識(僧侶)とのやりとりが面白いのですが省きます。 

この惟規の臨終の場面は、杉本苑子さんの 『散華 紫式部の生涯(下)』 にも描かれてゐて、それで偶然 『十訓抄』 にその名を發見したので讀んでみたのでした。 

 

藤原惟規は、凡庸な弟のやうでして、『紫式部日記』 には次のやうな話が記されてゐます。 

「この式部の丞といふ人(=惟規)の、わらはにて書讀み侍りし時、聞きならひつつ、かの人はおそう讀みとり、忘るるところをも、あやしきまでぞさとく侍りしかば、書に心入れたる親は、口惜しう。男子にてもたらぬこそ、さいはひなかりけれとぞ、つねになげかれ侍りし。」 

少年のころ、惟規は父爲時について漢籍を學んだけれども、なかなか思ふやうに覺えられない。それを横で見てゐた紫式部はすらすらと暗誦してみせ、父に男だつたらと殘念がられたほどだつた、といふ、あまりにも有名な一節であります。 

でも、惟規は、色好みには長けてゐたやうで、そんな未練が成佛を妨げるのですよとの訓が、『十訓抄』 に載せられてしまふほどだつたのであります。學問ではなく、色好みで名をのこしたなんて、いいですね。 

 

ところで、今日は、藤本泉さんの 『源氏物語の謎』 を一氣に讀みました。目からウロコが何枚落ちたことでせう。 

『源氏物語』 が、源高明とその一族によつて書かれたといふことはすでに確信を得たことでしたが、さらに詳しい確證が得られたこと。『源氏物語』 には、「藤原氏批判」が貫かれてゐて、實は、「王朝文學」とは反藤原氏文學であることなんか、言はれてみて、たしかに納得いたしました。

 

それと、驚き桃の木だつたのは、『源氏物語』 の「並びの卷」の存在であります。初耳でありました。これは、藤原定家が、『源氏物語奥入』(註) のなかで觸れてゐることのやうですが、何のことなのか、ぼくにはよくわかりません。 

しかも、藤本さんが、「『並びの卷』に関して、もっとも暗示的な手がかりを発見したのは、武田宗俊教授である。」とおつしやつてゐる、その著書、『源氏物語の研究』 が、なんと本箱の隅に埃まみれになつて隱れてゐたんです。あれれと思ひましたよ。箱はボロボロ、安いから買つておいたんでせうけれど、寶の持ち腐れになるところでした。でも難しさうでして、今のところは、藤本さんの解説で我慢することにしました。

 

要するに、『源氏物語』 は、三部に分けられること。さらに、第一部は、「紫の上系物語 十七卷」と「玉鬘系物語 十六卷」に分けられ、しかも、前者から後者を取り除いてしまつても、前者は少しも傷つけられないことを知らされました。「紫の上系物語」は、もともと獨立した物語だつたやうなんです。 

第二部は、〈若菜〉から〈竹河〉。第三部は、〈橋姫〉から〈夢浮橋〉まで。ちなみに、第一部の「紫の上系物語 十七卷」は、一、五、七~一四、一七~二十一、三十二、三十三。「玉鬘系物語 十六卷」は、二~四、六、十五、十六、二十二~三十一。 

とすると、「紫の上系物語 十七卷」が 「原(ウル)源氏物語」 だつたといふことでせう。まづは、この系列を讀むことがいいのでせうかね? 「並びの卷」についても、少し調べてみたいと思ひます。 

 

*註・・『源氏物語奥入』 藤原定家によって著された「源氏物語」の注釈書である。1233年(天福元年)頃の成立と見られ、「源氏物語」の注釈書としては最古とされる藤原伊行の「源氏釈」に次いで古いものであり、後世重要視された。全1巻。 

 

今日の寫眞・・源高明が 『源氏物語』 の作者であることの根據のひとつである、『西宮記』(明治圖書) と 武田宗俊著『源氏物語の研究』(岩波書店) と 藤本泉さんの 『源氏物語の謎』(祥伝社ノンブック)。『西宮記』は、淸水の靑木くんからいただいたもの。重寶してゐます。 

それと、古書即賣展で見つけた、『源氏物語奥入』。