四月十二日(水)己巳(舊三月十六日 晴

 

咳がおさまらないと思つたら、こんどは腰が痛くなり、寢てばかりもゐられないので、晝から外出。どうせなら、《東京散歩》をしてしまはうと思ひ、その〈コース番號3〉を歩いてきました〈ガイドブックは、『東京山手・下町散歩』(昭文社)〉。 

コース名と内容にはかうあります。「旧街道を歩く 川越街道旧道 ときわ台駅~下板橋駅 江戸時代の川越街道は、中山道の板橋にあった平尾追分で分かれ、大山を経て川越へ向かった。この旧川越街道をたどる。現在は活気のある商店街があり、賑やかなコース。〔所要〕一・五時間」。

 

スタート地は、〈コース番號2〉と同じ東武東上線、そのときわ臺驛です。ここもはじめて下車する驛です。出發時間は午後一時三〇分。萬歩計を確認し、驛前のロータリーを見たら、そこに、「書道美術館」と書かれた大きな看板があるではありませんか。これを見過ごす手はありません。が、まづ、開業五十四年といふ驛前食堂で遅い晝食をいただきまして、それから目指したのです。ところが、「準備中」などといふ、どう見ても美術的ではない文字で書かれた大きなビラが貼つてありまして、後ろ髪を引かれる思ひで、〈コース番號3〉にもどり、歩きはじめたのでありました。 

まあ、寄り道はお手の物ですし、むしろ望むところでありますので、〈ガイドブック〉の表紙にもある、「歩けば必ず、新発見」の文字に勵まされて歩んで行きたいと思つてゐるのであります。 

踏切を越えて道に沿つて南西に向かうと、最初の交差點の左右が舊川越街道のやうですが、標識には「南ときわ通り」とあります。コースガイドに從つて左折すると、すぐに環七、つづいて石神井川にかかる下頭橋を渡りました。この少し下流から、前回は川下りしたのでしたが、まだまだ櫻の花は見ごろを保つてゐます。 

また、橋のたもとには曰くのありさうな六藏祠が建つてゐます。 

 

*補注・・「六藏祠」とこの橋を「下頭橋」とよぶ由来としては、乞食六藏伝説が有名である。 

寛政の頃、石神井川に架かる丸木橋のたもとに、名前も生国も不明な年老いた乞食が住み着き、終日土下座して旅人から喜捨を受けていた。彼は土地の人から六藏と呼ばれ親しまれていたが、やがて亡くなり、旅僧によって手厚く葬られた。ところが、埋葬に際し死者の懐中から永年貰いためた大金が現れたので、僧はこの金を使って丸木橋を石橋に架け替え、旅人の便をはかった。村人たちは永年、頭を下げていたその老乞食六藏の徳をたたえて、橋の名を下頭橋と命名し、橋のたもとに祠堂を建て、六藏を菩薩とあがめてその霊をまつった。 

現在、橋のたもとにはこの六藏祠と六藏の遺徳をたたえ、その冥福を祈るため寛政十年(1798)二月に作られた「他力善根供養」と刻まれた供養塔一基が建っている。 

 

その先には、ちよいと脇道にそれますが、轡神社といふ、「百日咳喘息平癒」に効き目がある社があるといふので立ち寄りました。まあ、咳がおさまらないので、それでお訪ねだけでもと思つたわけなんですが、まあ、とても小さな素朴な神社でした。 

それはさうと、ぼくのこの《東京散歩》の〈ガイドブック〉は、他の地圖には記されてゐない、トイレをはじめとして、「名所旧跡」、多種多様な「記念碑」や観光スポット、「名店」や銭湯までも記入されてゐるので、目が離せません。轡神社のそばには、大山福地藏尊があり、それには、「商売繁盛・安産」なんてあつて、ぼくには縁がないので立ち寄りませんでした。 

 

さて、舊川越街道が國道254號線(現在の川越街道)と接したと思つたら、また離れ離れになり、そこから有名な「ハッピーロード大山商店街」が長々とつづきました。その雑踏といふか賑ひこそが庶民の樂しみなのでありませうが、ここはざざつと通り過ぎまして、ただ、雰圍氣のいい古書店が目についたのでしばらくながめながら休息させていただきました。 

商店街が盡きるとそこには高速五号線が走り、その薄暗い高架橋下を南下。「安産子育厄除」の子易神社の櫻の木の下でまた休み、最後は一氣に下板橋驛にすべりこみました。 

到着時間は、四時四〇分。歩いた距離は、さう、地圖を見てもらふしかありませんね。歩數は、七六一〇歩でした。 

さうね、そもそも川越街道なんて眼中にありませんでしたから、ほんのさわりていどですけれど歩けてよかつたです。 

 

まだ日は落ちてゐなかつたので、池袋の八勝堂書店と夏目書店を訪ねました。すると、石田英一郎著『一寸法師』(アテネ文庫・弘文堂)を見つけました。なんだか難しさうですが、せつかく讀んだところですから、少しは學問的にほりさげられたらいいなと思ひます。 

 

今日の寫眞・・石神井川にかかる下頭橋と六藏祠」。豊敬稲荷境内の「上板橋宿概要圖」。「百日咳喘息平癒」の轡神社。大山驛踏切とハッピーロード大山商店街。その商店街のおしゃれな古書店。