十二月廿三日(金)己卯(舊十一月廿五日 晴

 

今日は思ひきつて町田に行つてきました。一昨日新聞で知つた、「八木重吉展」 を見るためでした。八木重吉のお墓には、川和時代に訪ねたことがありましたが、自筆の原稿などが展示されてゐるやうなので樂しみでした。 

 

*【秋の特別企画展】 八木重吉―さいわいの詩人(うたびと)―展 

東京府南多摩郡堺村相原(現・町田市相原町)に生まれた詩人・八木重吉は、29年の短い生涯の中でキリスト教への一途な信仰に貫かれた清澄で至純な詩を残しました。重吉27歳のときに、再従兄である小説家・加藤武雄の尽力により生前唯一となる詩集『秋の瞳』を刊行。プロレタリア文学やダダイズムなどの多様な文学が花開いた大正詩壇の中で新鮮さをもって迎えられ、高く評価されました。 

重吉が本格的に詩作に打ち込んだのは、結婚から亡くなるまでのおよそ5年。この間に3000編以上に及ぶ詩を生みだし、晩年、結核と闘いながら病床でまとめた詩稿は、再び加藤に託されて詩集『貧しき信徒』として没後刊行されました。心に根ざす深いかなしみ、現実生活の中での苦悩や喜び、身近な自然、家族や信仰、ふるさとへの思慕などを、簡潔で平明素朴な言葉によって綴る重吉の詩は、透明な結晶体のような純粋な光を放ち、多くの人々の心に響き、今なお読み継がれています。 

本展では重吉の人生を紐解き、文学や信仰、妻・とみとの出会い、ふるさと相原で過ごした日々が詩人・八木重吉に与えたもの、彼にとっての詩の意味を探り、詩と信仰の合一を願い、かなしみを詩いつづけた末に辿りついた詩境に迫ります。信仰と自我の狭間で叫び、或いはささやいた重吉の言葉の数々は、数多の災害に直面して自然への畏怖を抱き、人々の思いや身近な幸せに気付きはじめた現在の私たちに、ひとつの問いを、ひとつの答えを示してくれることと思います。 

 

*町田市民文学館ことばらんど 

1997年の遠藤周作死去時に蔵書や遺品の一部が町田市に寄贈されたことから、文学館開設の機運が高まり、当時の市長寺田和雄が開設準備懇談会を発足し、森村誠一を会長にスタートさせる。旧町田市公民館の閉鎖から4年間の準備期間を経て、2006年に開館した。町田は、江戸期より文人、歌人を多く出している。2000年代現在も赤瀬川原平、常盤新平、など現役の作家、著述家、児童文学作家らが多数在住している。 

 

今日の寫眞・・今日持ち歩いた、文字が歴史的假名遣ひで漢字も正字の 『八木重吉詩集』(創元文庫) と、加門七海著『平將門魔方陣』(河出文庫)。以下は、「八木重吉展」 の樣子です。自筆の原稿や日記、手紙など、感動しました。