四月十日(日)壬戌(舊三月四日 曇天

 

ノラの寅が寢床に入つたまま出て來ません。食事をし、水も飲んでゐるので安心はしてゐますが、いつまでかうしてゐるのか心配です。それに、このやうなやり方で、はたして寅ちやんは更生するのでせうか、いや、家猫になつてくれるのでせうか? 

まあ、實は他人ごとではなく、かくいふぼくも一日中家に籠もつて讀書三昧でした。ほかから見たら、寅と變はりないかも知れません。 

でも、ぼくのはうは勉強できました。晝間は寢ころがつて 『大和物語』 を讀みつづけ、夕方からは、『貞信公記』 を机に向つて讀みました。机の前でないと、資料を回りにおけないからです。

 

それにしても『貞信公記』 は面白い。先日から、讀みかけてゐた、延喜二十年(九二〇年)のはじめから十二月まで、かたはらにおいた、鎌倉時代前期に遡る現存唯一の古寫本である、『貞信公御記抄』 と見くらべながら讀んでゐるんですが、いろいろなことが分かつたり、想像ができたりで飽きさせません。 

例へば、延喜二十年の五月には、年表にも記されたゐる「渤海客使入貢」の樣々な動きがわかります。また、忠平さんの私的なことで言へば、「正月三日、行幸仁和寺、心神不調、不扈従」なんて書いてあります。醍醐天皇の仁和寺行幸に扈従できないなんて、右大臣としてどうなんだらうかと思つてしまひます。さらに、「同五日、家饗、痔發」とあり、不調の原因は痔だつたことが判明。六日、七日にも、痔が惡くて、公的行事に「不參」と記されてあります。まあ、正直な日記だなあと感心してしまひます。 

さらに、今日の寫眞の三、古寫本の一部を圍んでありますが、これは、その右側の「古記録」とくらべて見るとお分かりのやうに、「(九月十六日) 爲室令行千卷讀經」、つまり、自分の奥さんのために千卷の經典を讀經させたといふのです。六日には、「女房令讀大般若」(女房に大般若經を讀經させた)」ともあり、奥さんのことをだいぶ気遣つてゐることも分かります。 

それと、「八月二日、今八坂闘乱」とあります。『大日本史料』では、「近江會坂ニ鬪爭アリ」と少し詳しいのですが、どんな闘乱・鬪爭だつたのでせうか。かういふところから、想像力をはたらかせて小説など書いたら面白いんでせうね。ぼくにはそんな腕も、他の資料をさがす術もありませんが、どなたかゐませんでせうか。 

ちなみに、『大日本史料』は我が國最高の緻密で嚴密な歴史的史料集ですが、忠平さんの痔疾のことや、奥さんに氣をつかつてゐることは記されてゐません。やはり、公的なことは網羅されてゐるにしても、當時生きた人々の心の内を覗くには、血の通つた日記を讀むしかないのでありますね。はい。  

 

今日のピクニック・・お花茶屋まで、のんびりと夜の散歩。月齢三・一の月を見ようと家をでたら、すでに西の空の雲に隱れてしまつてゐました。でも、散りかけた櫻や名無しのノラと出會へました。また、カメラを、「夜景」撮影のうちの「手持ち撮影」にセットして撮つたら、夜のわりにはピントがあつていいことがわかりました。試してみるものです。 

 

今日の寫眞・・一と二と三に寫つてゐる寫本は、藤原忠平の日記 『貞信公記』 の原本、ではなく寫しですけれど、いにしへ人の筆遣ひが感じられる貴重な寫本であります。天理圖書館善本叢書の一册で、『貞信公御記抄』 といふのが正しい名稱ですが、現存しない原本に次ぐ貴重な寫本で、これは、「諸本中、その書写が鎌倉時代前期に遡る現存唯一の古写本といえる」ものなのであります。 

それを、かたはらに置いて讀めるなんて、こんな幸せなことはありません。ただ、蟲喰ひが多くて、この寫本だけを見ただけではたうてい解讀はできないでせうね。 

東京大學史料編纂所編纂・大日本古記録の 『貞信公記』 が出版されてゐるからこそどうにか讀めるのです。携はつてをられる方々には敬意をはらはせていただきます。 

四は、我が家のノラの食事の光景。五は、今年の元旦に逃がしてしまつたノラです。もともとは飼はれてゐた猫ですが、飼ひ主が亡くなつてしまつて名前も分からず、放浪の身となつてしまつた、實に氣の毒な境遇の猫なんですが、同じ都營アパートや近所の方々の善意によつてどうにか生きてゐられるやうなんです。そのひとりに、わが妻もをりまして、今晩も〈夜のピクニック〉の途中に立ち寄つたところ姿を見せたのでした。犬や猫が基本的には嫌いな妻も、可愛いと思ふくらゐ人なつつこくて、すりすりしたり、ひざに上つてくるやうです。 

もちろん、去勢はされてゐるやうなのですが、それでも、心ない人は、餓死させろとか、區からきた係の人は處分を考へてゐるらしくて、顔なじみになつたノラを守る人々は、できるだけはやく里親が見つかるやうに努力をしてゐるところなのださうです。 

六は、「手持ち撮影」で撮つた、そのノラの避難場所ちかくの櫻です。

 




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