正月十三日(水)甲午(舊十二月四日 晴

 

今朝、目を覺ましたら、突然担々麺が食べたくなり、急いで、『〈中仙道を歩く〉感想文集』を仕上げ、それから出かけてきました。柏の中華そば屋「天外天」です。 

綾瀨驛から柏驛までは千代田線の各驛停車を利用します。でも、正式には綾瀨驛からは常磐線なんです。ただ、上野驛發常磐線電車はみな快速といふわけで、北千住の次は松戸、そして柏、さらに我孫子、取手へと向かひます。千代田線がまあ、各驛停車を擔つてゐることになります。その快速常磐線に乘り換へるには松戸驛で下車して異なるホームへ渡らなければなりません。我孫子や取手、さらに牛久、土浦に行くには乘り換へますが、今日は各驛でそのまま柏驛まで行きました。 

天外天、幸ひにやつてゐました。担々麺を細麺で注文しました。ほとんど待たずに食べることができましたが、いやあ、お久しぶり。さすが美味しかつたです。ぼくの好みで言へば、担々麺はどこよりも美味しいと思ひますです。はい。

 

  それから、近くの太平書林さんに寄り、さらに、北松戸驛で下車して、万葉書房さんを訪ねました。ここは國文學が充實してゐてぼくの好みなんですが、今日は通路に本が積み上げられてゐて、見たい本棚には近寄ることもできませんでした。これは不味いとぼくは思ふのですがね? 

ついで、北千住驛まで行き、學園通りのなざわ書店。ここもけつこう重厚な書物が竝んではゐるんですが、ぼくの趣味とは若干異なるので、店内の書物ほぼすべてに目を通し、一應確認だけはいたしました。

 

さあ、歸りは、思ひきつて歩くことにしました。近頃怠けてゐましたからね。柳原千草通りに出て、その通りを道なりにたどると、柳原千草園の前に出ます。向かひには、東武鐵道と京成電鐵が交叉してゐます。荒川の土手に上ると、そこが京成の線路と道路にはさまれた、堀切橋西詰です。渡る前に夕燒けの景色をながめ、やつてくる電車を寫しました。橋を渡り終へたあたりから振り返つたらかすかに、といふか、半身の富士山がシルエットとなつて見えました。歸宅してみると、北千住驛前から、四六五〇歩でした。 

 

『〈中仙道を歩く〉感想文集』が仕上がりました。結局九人の方の原稿が集まり、一應の完成ではありますが、まだしばらくは寢かせて、再讀再々讀に耐へ得るかどうかを待ちたいと思ひます。また、トラベル日本さんにお送りして、ご意見をうかがふことにしました。まあ、出來ればもつと多くの方々の投稿があつて、盛りだくさんになつたらよかつたかなとは思ひましたけれど、よしとしておきませう。これであとは、北國街道を往く(三・後篇)』のパワポ版作製を殘すのみとなりました。いや、『〈中仙道を歩く〉感想文集』が、これでよしとなれば、そのプリントと製本が待つてゐるのでした。それも完歩者八十六名分です。どうしませう! 

 

今日の寫眞・・立ち寄つた、北松戸驛の万葉書房と北千住驛のなざわ書店。それと、堀切橋を渡る京成電車と、半身をシルエットにした富士山など。

 





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