正月九日(土)庚寅(舊十一月卅日 晴

 

今日は讀書とともに、少し餘裕ができたので、北國街道を往く(三・前編)』のワード版を、パワポ版へ編集する作業に取りかかりました。しばらくしてゐなかつた作業でしたが、すぐになれてきて、これなら何日もかからずに仕上げられさうです。 

このやうに、まづは、前編を仕上げ、そのあと、『〈中仙道を歩く〉感想文集』 の原稿をまとめてしまはうと考へてゐます。九人の方から提出していただいた原稿ですが、最後に送つてくださつた方の原稿は、なんとワード版で十頁です。いただいた時には、すぐ書き直してもらふつもりで連絡もしたんですが、その後他の方の原稿を待ちましたけれども、どなたからも屆きませんでしたので、ぼくの獨斷で、否、英斷で載せることにしました。これは、讀んでのお樂しみです! 

 

今日の讀書・・小松英雄著『仮名文の構文原理[増補版]』(笠間書院)。文法は嫌いだつたし、今でもほとんど分からないけれど、もちろんこの書にも文法用語がたくさん出てきはするんですが、氣になることなく讀み進めるのが不思議です。 

例へば、「『花は盛りに』を形容動詞連用形とみなすことは〈文法〉に違背しない」、とかはちんぷんかんぷんですが、「文学作品の表現は、書記樣式と密接な関連を持っている」といふことはわかりますので、まあ、文法や細かい解釋に關する詮議(「こんな注を付けられたのでは、わかることまでわからなくなります」と、小松先生、すでに讀んだ三冊の書の中でですが、何度も何度も繰り返し繰り返し、從來の注釋書やほとんどの辭書のあやまりを糾してをられるので、こちらもだんだんとテンションがあがつてしまふのでありますが)は小松先生におまかせして、いいところ取りさせていただきたいと思ひます。 

 

今日の寫眞・・本日屆いた、小松先生のご本。先生、近頃は、仮名と書の關係を重要視されてゐて、「古筆」(昨日の日記參照)を讀み解くなんて言ひ出したやうです。「文学作品の表現は、書記樣式と密接な関連を持っている」といふくらゐですから、それは當然の歸結なんでせうね。

 

コメント: 0