十一月十七日(火)丁酉(舊十月六日 晴

 

今日は、書きそびれてゐた、「北國街道(三)」の二日目の日記を書きました。が、書き出したところで、躓きました。芭蕉の『奥の細道』にまつはる史跡や句碑を、ぼくの旅のなかでどう物語つたらよいか、ぐらついてしまつたからです。

前回のときは、『奥の細道』を忘れたので、かへつて謎解きめいた書き方ができたんですが、今回は、『奥の細道』を讀んできましたし、現に手にして歩いてゐるわけなので、ただ目の前の光景を記すしかないとなると、なんだかつまらないのであります。

さあ、どうしませう?

 

今日の讀書・・片桐洋一著『日本の作家7 恋に生き歌に生き 伊勢』(新典社)の第三章まで讀み進みました。「権門貴公子の、仲平・時平兄弟になびかず、いっぽうでは大臣(菅原道眞)の聟になっていた人物を『人数ともせぬ』男として扱い、また身分はそれほどでもないが魅力的な人物であったらしい平貞文を、一方的に軽く扱う」といつた、伊勢といふ女性とはどんなお方なんでありませうか?

 

今日の寫眞・・久しぶりに野良猫三兄妹。小弥太と文吾とモモの三匹です。冷蔵庫の脇に張つた妻の記録によると、やつてきたノラにはみな平等に食事を與へてゐるので、現在十七匹が確認されてゐます。ただ、一度のやつてくるわけではありませんので、その度に確認しいしい與へてゐます。

そして、その中の十二匹を不妊處置しました。まあ、そのための捕獲が一騒動で、捕らへたいノラがゐても、すでに濟ませた子猫が繰り返し入つてしまつたりして、なかなか難しいのであります。

それと、切り抜きです。

 

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