八月十五日(土)癸亥(舊七月二日 晴

 

敗戰記念日。

驚きました。新聞がです。違ふんです。内容がです。いや、こんな新聞がまかり通つてゐたのかと、今さらながら驚いたのです。迂闊でした。しかも、巨人ファンが多くゐると同じ割合の多くの人々が讀んでゐるのだらうと思はれるその新聞が、まつたく無批判なんです。

『中仙道を歩く(廿九)』を書きつづけてゐたんですが、お晝は外に出て、少しは活力になるやうにと、例の北京に行つて、タンメンと餃子を賴んだのです。一時過ぎに入つたのに、たいへん混でゐました。そして出來上がるまでのあひだ、妻は週刊誌、ぼくは上にあつた新聞を取りあげたんです。それが讀賣新聞でした。が、それをひと目見て、おいおいおい、と思つたのでありました。

安倍首相の「戦後70年談話」に關する論評です。この新聞は何も考へてゐないのだらうか。現政權に對してイエスマンばかりなんだらうか。まづさう思ひました。すべての紙面を、さらさらとしか眺められませんでしたが、談話に對する批判的論評は、ただ、村山元首相が述べた「談話批判」が載せられてゐただけのやうでした。

朝、「東京新聞」で讀んできたこととまつたく似ても似つかなかつたからです。

いやあ、恐ろしいです。かういふ新聞が、日常どうどうとまかり通つてゐるのかと思ふだけで、ぼくは氣が遠くなつてしまひます。どうか、みなさん、まともな新聞を讀んでほしいと思ひました。きつと、産経新聞なんかは、もつと持ち上げてゐるんだらうなと思つてさらに身震いしてしまひました。

第一に、首相の語つてゐることはそらぞらしいでせう。言ひたくないことを、無理やりに言はうとしてゐるものだから、齒切れがよくないし、前後の整合性が整つてゐません。もし、本心を語つてゐるならば、今問題の「安保法案」を提出するはづがありません。

さういふわけで、タンメン餃子が少しも美味しくありませんでした! 

 

夜、Eテレで、ETV特集「書きかえられた沖縄戦」を見ました。沖縄民間人の戰死者は、日本軍人によつて殺されたことがはつきりわかりました。そして、沖縄の今もなほ血を流しつづけてゐる姿に、胸が苦しくなりました。 

 

今日の讀書・・『俵藤太物語』(和泉書院影印叢書)、殘すはあと數頁になりました。

 

今日の寫眞・・タンメン餃子と體制迎合の讀賣新聞。それと正義と眞實の東京新聞。

 



コメント: 0