三月十七日(火)壬辰(舊正月廿七日 晴、暖かい

朝一の齒科通院の後、今日は、ひとりで各驛停車の旅をしてまゐりました。實は、神田の古書會館でいただいた、「池袋起点古書店地図」といふのがあつて、外を見れば、日差しが暖かく、いい散歩日和ではありませんか。思はず家を出たのでありました。

いへ、妻はメガロスへ、母は歌の會でそれぞれ夕方まで出拂ひますので、そのすきをねらつてそつとぼくも出かけたといふわけなのであります。

「地圖」には、豊島區、練馬區、板橋區、北區の四區にかけての、三十數店舗が記されてゐます。が、今回は、池袋驛から西武鐵道池袋線に乘つて、三驛の店を訪ねることにしました。それで、まづ、石神井公園驛に行き、次に江古田驛、そして椎名町驛へともどつてくるやうにしてたどりました。

石神井公園驛は、大きくて明るい高架驛でした。驛南の驛前廣場は工事中でしたが、地圖にしたがつてたどると、驛から一分もかからない路地裏に、「きさらぎ文庫」がありました。ところが、道路に面した本棚には、すべて一〇〇圓の本が竝べられてゐましたが、店の中はといへば、もう本の洪水。店の奥正面のレジまでの通路がどうにか通れるくらゐで、樂しんで探すなどといふ餘裕などありませんでした。つまり、店頭賣りは二の次で、ネット販賣に比重をおいてゐるのだなと思ひました。

次に訪ねたのは、線路の北側にある「久保書店」でしたが、暑くなつてきた舗装道路を歩いた努力のかひもなく、まだシャッターが下りてゐました。いや、古本屋さんは開店時間が遅いお店が多いのですが、それでももうお晝でしたから殘念でした。ところが、驛までの歸り道、日陰をさがしさがし歩いてゐたら、「草思堂」といふ別の古書店に出會つたのであります。かういふのを僥倖とでもいふのでせうか、うれしくなつて飛び込みました。

それで、驛前のそば屋でおいしい晝食をいただいたあと、電車で江古田驛までもどりました。ここには二店記されてゐますが、しかも同じ本屋さんの姉妹店です。「根元書房」といふお店ですが、南口店は日大の目の前にあつて以前訪ねたことがあつたので、本店だけをめざしました。ところがです、千川通りに出て、武藏大學正門前を右折、踏切をめざして歩いても店舗が見あたりません。たうとう踏切にさしかかつたところで左手の家を見ると、そこに本棚だけがずらりと竝んでゐるんです(寫眞參照)。しかし、それだけで、店があるやうには見えないのです。でも、古本好きの習性で、一應見回しました。文庫本が二册、今西祐行『浦上の旅人たち』と南條範夫『細香日記』が目にとまりました、が、どうしてよいかわからずにゐると、親切なご婦人が、あのドアのベルを押すと出てきますよ、といふので、どうにか二册で二〇〇圓の賣買契約が成立しましたけれど、こんなのははじめてでした。

それで、來た道が遠回りだとわかつたので、近道して驛までやつてきましたところ、ここでも地圖にない古書店を發見したんです。「銀のさじ書店」といふ風變はりな店名です。ここはきれいな、しかもよく整理されたお店でした。みな文庫本でしたが、ちくま日本文学全集の『泉鏡花』と、ここのところ興味深い半藤一利さんの『あの戦争と日本人』などを求めました。

もうたつぷりと味はいましたから、歸らうと思つたんですけれど、一度決めたことはやらないと氣がすまない(たち)なので、椎名町驛で降りました。北口の路地のやうな商店街のなかに、その春近書店はありました。「はるちか」と讀むやうです。ここはまた亂雜なやうで、一應整理されてゐて、探しやすい店でした。が、ぼくは、路上にはみ出したすべて一册一〇〇圓といふワゴンのなかから、讀んだあといつの間にか手放してしまつた、中央公論社の『世界の名著 キルケゴール』を手にとりました。近ごろ、今一度、『不安の概念』が讀みたくなつてゐたんです。それと、ここのレジには、子犬を抱いた店主の奥さんがをられて、少し犬のお話しをしてしまひました。いいお店でした。

以上、心から滿足して歸路につくことができました。ただ、妻や母より早く歸りたいので急ぎました。綾瀬驛までいつもは迎へにきてもらふのに、今日はバスでそそくさと歸つてまゐりました。めでたしめでたし。あ、さう、今日も一日歩いて九〇〇〇歩でした。

 

今日の寫眞・・店番のゐない「根元書房」と、ここも僥倖の「銀のさじ書店」。それと、バス停から見た、綾瀬驛のガード下。



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