二月十四日(土)辛酉(舊十二月廿六日 晴、風

ワード版『歴史紀行四十一 中仙道を歩く(廿三)』を書き續けてきましたが、二十頁にもなつてしまひ、結局前編と後編に分けざるを得なくなりました。尹良(これなが)親王のことと、西行さんのことと、それに特にキリシタン問題で頁を取り過ぎたからです。

それで、切り離した前半を編集し直し、『歴史紀行四十一 中仙道を歩く(廿三)前編』として、まづはすべての方(五十三名)に添付してお送りしました。後編については、キリシタン問題が今日一應書き終へたので、あとわづかで仕上がることと思ひます。

その、前編をお送りしたときのメール文ですが、はじめは以下のやうに書いたのですが、實際には、後半を削除してしまひました。でも、一應ここにその全文を記録しておきます。

 

 こんばんは。まいどお騒がせいたします。

ワード版『歴史紀行41 中仙道を歩く23前編』が仕上がりましたので、お送りします。 

木曾路を過ぎたら書くこともなくなるだらうと心配してゐましたが、どうしてどうして、歩いてみたら寶の山でした。それで、前編と後編の二册に分けなくてはなりませんでした。 

また、めんどうなと思はれるでせうが、我が祖國の歴史ですし、このへんで、みなさんも、あきらめて、自分の祖先が使つてゐた言葉をぢかに讀んでみてくださいな!

とくに、今回は、西行さんが主役ですし、後編においては、キリシタン問題について、ぼくの蘊蓄のすべてを傾けました。 

 

これらの歴史は、しかし、今日に生きるぼくたちへの問ひかけでもあります。

自分がどう生きるのか、どう生きていつたらいいのか、否應なく考へさせられる歴史です。 

それでなくても毎日しんどい思ひをしてをられることでせうけれど、歴史からの問ひかけに向かひあふと、それらが、どうでもいいことに思はれるのは不思議ですけれど眞實です。ぼくは、そのやうな歴史との應答を通して、ひとりの人として生きる「心柱」が形成され、自分をとりまく回りの世界に振り回されることのない、自分の歩むべき道がはつきりと見えてくるのだと思ひます。 

いや! 説教になつてしまひました、すみません、惡いくせが出てしまひました。なにせ、キリシタンで頭と心を使ひ過ぎたので、おゆるしくださいませ。

 

さて、後編については、既に終盤にさしかかつてゐるので、數日以内にお屆けすることができると思ひます。なほ、「蟲喰ひ川柳」のはうも、ご協力願へれば幸ひです。

では、また近日中に。 ひげ 2015/02/14

 

今日の寫眞・・野良猫の寅。食事を出せば食べに來るのに、それでも警戒心を解かうとしません。でも、寢てゐる姿はかはいらしいものです。


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