十二月卅一日(水)丙子(舊十一月十日 晴れ

 

今日は日帰りで淸水に行ってきました。昨日、突然淸水嶋さんが入院したとの連絡を受けたからです。しかも、お父さんとお母さんがそろつて入院したといふではありませんか。これは大事件です!

淸水嶋家とのつきあひは、ぼくが學業を終了し、初めて淸水市の學校の仕事について以來ですから、四十年にもなります。家族そろつて、樂しい思ひ出がいつぱいつまつた四十年と言ってもいいでせう。興津川や駒越海岸に行つたり、ときには、「水石」を探しにお供を願つたりの、樂しいだけではなく、珍しいものをよく食べさせていただいて、それがぼくには一番の感謝ですね。この夏にお邪魔したときにもモツ料理をごちそうになりました。いや、モツが食べたいために入りびたつてゐたわけではありませんが・・。

それでとにかくお訪ねしたわけであります。それで、淸水の厚生病院にまゐりましたら病室にゐないのです。看護婦さんに聞いてもわからなかつたのですが、なんのことはない、ロビーでテレビをご鑑賞中だつたのです。はじめ、少しやせたのかなと思ひましたが、話しはじめればいつものお父さんでした。でもお母さんは寢たままでした。そばにゐるとおしやべりがとまらないお父さんですから、一時間ほどで歸路につきました。病状はさほどでもなく、新年早々退院ではないでせうか。

それにしても、新幹線は速い! かういふ場合は助かります。

 

今日の寫眞:往き歸りの富士山(二枚)。靜岡の安川書店は、靜岡(淸水、濱岡、南伊豆)にゐたときから通ひなれた古本屋さん。今日はお休みのところ、半分戸が開いてゐたので顔を見せたら、入れてくれました。それで、割安だつたので、尾山篤二郞編著『新訂増補 西行全集』(五月書房)を買つてしまひました。

それと、肝心の淸水嶋さん。しやべりはじめたら、いつもの野武士のやうな叛骨精神は健在! おまけは、一九七八年の夏、安倍川上流の梅ヶ島にて。

 



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