十月十四日(火)戊午(舊九月廿一日) 晴れ、風強し

 

「中仙道を歩く(十九・前編)」の册子版が仕上がりました。明治天皇の巡幸碑について、忘れてゐた「浦和行在所碑」を思ひ出したので、寫眞とともに、訂正して書き加へました。ワード版の方には、取返しがつかないことで、申し譯ありませんでした。

パワーポイント機能装備の方十四名に加へて、知らせてくれてはゐないんですが、装備してゐるかも知れない方八名にも、册子版を送つてみました。まだ、お怒りの返事は屆いてゐません! 

 

今日の『狂歌問答』:四回目、昨日の續きです。


  「何事もみな僞の世なりけり しぬるといふも誠ならねバ 蜷川」

「生れてハ死るなりけりおしなべて しやかもだるまも猫も杓子も 一休」

「さとりなバ坊主になるな魚くへ 地獄へいつて鬼にまけるな 蜷川」

  「鬼といふおそろしものはどこにある 邪見な人のむねに住なり 一休」

 

さあ、讀めましたか? 續いて、次の頁(今日の寫眞)の右半分です。

 

 「極樂やぢごくがあるとだまされて よろこぶ人におぢる人々 蜷川」

 「此世にて慈悲も惡事もせぬ人ハ さぞやゑんまもこまり給ハん 一休」

 「ぢごくとハ何を岩間のこける奴 いろと欲とで身をやぶる人 蜷川」

 「極樂をいづくのはてとおもひしに さけのきげんでねたる所ぞ 蜷川」

 

以上、今日のお勉強でした。

ぼくには、蜷川さんの「さとりなバ」と「極楽や」が最高! それと、一休さんの「鬼といふ」がいいですね。呑んべいなんか、「極樂を」もいいんぢやあないですか。かう見ると、一休さん、蜷川さんに少し押され氣味ですね? それにしても、江戸時代の「児女」のみなさんは、子どものころから高級なお勉強してゐたのですね。感心してしまひます。

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