九月六日(土)庚辰(舊八月十三日) 晴れ

 

朝出がけに『歴史紀行(三十三)』をプリントして册子にとじてみました。これで今までの「歴史紀行」のすべてが册子に仕上がりました。全部あはせて、十センチ強の厚さになりました。いや、問題は厚さや量の多寡ではなく、内容であり質であることは、重々承知のうへで、つい思つてしまひました。でも、これでまた、ひと段落ですね。心おきなく前進出來るといふものです。

 

それから準備して、特急踊り子一一七號で修善寺に向かひました。まるで貸切です。のんびり、チャーリー・パーカーを聞きながら本を讀んでゐると、戸塚驛あたりで列車が止まつてしまひました。何か事故のやうです。それで結局修善寺驛には三十分遅れて到着しましたが、またです。どうしてぼくが乘る踊り子號は遅れるのでせう。

先回なんて、やはり遲れて、伊豆箱根鐵道路線に入つてから、三島田町驛に停車して、「お急ぎの方は、次にまゐります各驛停車をご利用ください」、といふアナウンスですよ! 信じられますか? こちらは特急列車なんですよ! これは、伊豆箱根鐵道のダイヤ優先で、そのすき間をお情けで走らせていただいてゐるとしか思へませんです。はい。

それでも、シャトルバスには間に合ひました。ホテル棟到着後は、夕食まで、横になつて讀書三昧。『草莽枯れ行く』が面白いのです。結局、温泉は寝しなに入りました。

 

『草莽枯れ行く』が面白い! 今までどんな幕末關係の本を讀んでも、相樂總三の名前はほとんど出てこなかつたけれど、これを讀んで、相樂總三がすごい人脈の中にあつたことがわかつてきました。それと、彼の行動とともに、幕末の、攘夷運動から倒幕運動への移行といふか、その推移が明らかになつてきました。

まづ、相樂總三と淸水次郎長との出會ひから物語ははじまります。そして、新門辰五郎をはじめとして、山岡鐵舟に勝海舟、薩摩藩の增滿休之助に西郷吉之助に大久保一藏に小松帯刀、そして坂本龍馬に新選組の土方歳三、あとで大鳥圭介や板垣退助との出會ひもあります。岩倉具視を背負つて家まで送つたりも! さらに、水戸天狗黨の藤田小四郎などとも知りあつてゐた、いはば幕末關係者勢揃いの物語なのです。

どこまでがフィクションで、どこまでが眞實なのかは正直のところよくわかりません。しかし、これらの人物とのつきあひのその親しさの度合ひは違つても、このやうな關係があつても決しておかしくないといふ流れになつてゐます。いや、まだ半分しか讀んでないのに大きなこと言ひすぎたかもしれませんが、實に興味深いのです。 

 

今日の寫眞:大仁驛と牧之郷驛のあひだにある史跡(?)。 “踊り子號”運轉席、修善寺驛にて。

 


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