四月(卯月)一日(火)壬寅(旧三月二日) 晴れ

今日は、少し、芭蕉の、『野ざらし紀行』を読み進みました。なぜもつと早く読めないかと言ひますと、なにせ相手はくづし字ですから、読み流してしまふわけにはいきません。一字いちじを覚えながら、まあ、すぐ忘れてしまふのですけれども、だからこそ、ぼくは、“返し縫ひ”といふのでせうか、一歩すすんで一歩下がり、二歩すすんで二歩さがり、三歩すすんで三歩さがるといふやうに、読み進むたびに、はじめに返りながら読むやうにしてゐるのです。だんだんとどこほりなく読めるやうになつていくのが実感できてうれしいですね。もちろん、短編だからできることのです。その点、芭蕉の紀行はおあつらへむきです。なにせお勉強ですから。はい。

 

また、昨日読みはじめた時代小説、佐江衆一著『動かぬが勝ち』(新潮文庫)を読み上げました。七編からなる物語ですけれど、後半の四編は、江戸下町市井もので、付けたりのやうな感じがしないでもありません。力が込められてゐるのは、なんといつても、はじめの三篇でせう。還暦を過ぎてから剣道場通ひを始めた町人の剣への心持ちを描く「動かぬが勝ち」、老父と孫を連れて倅の仇を追ふ父の遍歴の日々を描いた「峠の剣」、そして、明治の世になほ仇を斬る一瞬にすべてをかけた落魄の武士の最後の執念に迫る「最後の剣客」です。

あとで、ネットで、佐江衆一の作品を調べてみましたら、今述べた三作品にほとんどが含まれてゐるのではないかと、ぼくには思はれました。どういふ作品があるかといひますと、まづは、著者自身が剣道五段でもある、剣客のはなし。幼いころ過ごした母親の実家、下野栃木にまつはるはなし。そして、自らの体験を踏まえた老人とその介護のはなしです。

第一の“剣客”ものは、本書もさうですし、『子づれ兵法者』や『剣と禅のこころ』など。

第二の“栃木”ものは、岩波ジュニア新書で出てゐる『田中正造』と『洪水を歩むー田中正造の現在』が代表作。

第三の“老いと老人看護”ものは、本書の三作すべてに通底してゐますが、他に、『黄落』、『老い方の探求』、『長きこの夜』、『老熟家族』がそのやうです。

以上の三つのテーマが、本書の三作品にも活かされてゐるんです。特に、「最後の剣客」にどのやうにして田中正造が登場するか、読んでみてのお楽しみです。

以上、あくまでも、本書を読んで、ぼくが分類しただけで、その他にも、江戸市井もの、職人ものなどもあるやうです。でも、ここで深入りしてしまふと、くづし字のはうに差し障るのでこれまでにしておきます。

 

今日の写真:佐江衆一『動かぬが勝ち』表紙。氷川神社の桜。