三月十八日(火)戊子(旧三月十八日・彼岸入り) 晴れ、南風強く、暖かい 

夕べは、本棚の奥から、といふのは、ぼくは、読んだ本についていへば、順番に並べてゐるからなんですが(ただ、手もとに置いておきたい本だけですが)、その中から、田山力哉著『脇役の美学』を探し出してきて、十人とりあげられてゐる、その最初を飾つてゐる、殿山泰司の章を読んでみました。

さうさう、思ひ出しました。タイちやんには、二人の奥さん、いや女、でもないか、愛人か、がをりまして、まことに火宅の人だつたんです。それで、タイちやんのお墓も、鎌倉と京都にあるといふのですが、その死は、すべてからの解放といつてもよかつたのでせう。しかし、その五十年にわたる脇役生活と遺された「三文役者」本は、決して無駄ではなかつたし、のちのぼくたちに人生の楽しさと勇気を与へてくれる、奇特な人だつたと思ひます。

 

今朝は、また、早く起きて、ラムと散歩に出かけました。いつものコースをのんびりと歩くだけですが、近頃はリードをつけて歩くことにしてゐます。なぜかといふと、声をかけたり、命じたりしても気づかないほどに耳が遠くなつてきたからです。特に朝は、狭い路地でも、自動車が頻繁に行きかひますから、ただ気をつけてゐただけでは不十分なんです。

それでも、けつこう快適に歩きます。まことに元気さうなんですがね、でも、帰宅するやすぐ横になり、息をしてゐるのかわからないほど静かにしてゐます。いや、ラムのことばかり言へません。ぼくも、どうも、あの造影剤をうたれてから調子が今一なんですよね。そうでなく、やはり手術を要するほど機能が衰へてきたんでせうか。来週に迫つた「中仙道を歩く」にも差し支へるかどうか、体調に思ひをいたしつつ静かに過ごしたいと思ひます。

 

それで、今日は、タイちやんお薦めの本が、ネット注文で届いたので、早速横になつて読みはじめました。「石沢英太郎『秘画殺人事件』、・・オレにとってこのミステリーは、浮世絵に関しての教科書でもありました。オレはハイティーンのころ安物の春画ばかりを購入し、ひとりで楽しんでたのであるが、母親に見つかり目の前で火鉢の中で焼かれてしまったことがある。値段の高いのも二枚か三枚はあったんだ。このミステリーを読んだせいか。五十年も経ってオレはくやし涙が出てきた。」と言つてゐるその本です。

久しぶりの「殺人事件」ものです。そしたら、冒頭から〈ゴッホ筆・英泉うつし花魁〉のことが出てきたではありませんか。英泉とは、広重とともに『木曾街道六十九次』を描いたあの溪齋英泉です。「中仙道を歩く」では、板鼻宿や坂本宿の画がさうでしたね。英泉は、実は、もともとは浮世絵師(枕絵〈春画・秘画〉師)でした。ですから、深谷宿の画では、客を誘ふ飯盛女たちが、まるで花魁(おいらん)のごとく描かれてゐます。その、英泉の「花魁」が海外に渡り、ゴッホの目にとまつたのです。「浮世絵がフランスの印象派に与えた影響は(よく知られてゐる)。この画にはひたむきにヴァン・ゴッホが浮世絵の色彩と構図を学びとろうとした気迫が見える」。 ミステリーも勉強になります。

ところで、ひと月前の古本市で、英泉の『春の薄雪』と『艶本華の奥』を手に入れました。《定本・浮世絵春画名品集成》のなかの二冊です。いやァ、びっくりです。何にビックリしたかはここでは報告できませんが、とにかくすごい! ええと、それで、英泉は、北斎の弟子だつたんですね。上手いはづです。何が上手いかはご想像にお任せいたしますです。はい。

 

今日の写真:強い南風にのつて沈丁花の香がただよふ。けふのラム。そして、おまけに、英泉画のお触り! 下半身省略。くづし字が読めたら、お楽しみも数倍増ですよ! へへ。