二月八日(土)庚戌(旧正月九日) 大雪、時々吹雪く 

朝、カーテンを開けたら外は真つ白でした。粉雪とでも言ふのでせうか、細かな雪が、音もなく降り注いでゐます。なんだか、うきうきしてしまひます。仕事や学業のためにお出かけの方々にはお気のどくですが、ありふれた日常の世界が一変した感じなんですね。たまには味はひたい感覚です。

 いやいや、喜んでばかりゐられないやうです。風も出てきてちよつとした吹雪のやうです。午後の散歩は、どうかなと躊躇したんですが、お嬢様、行く気を出して元気なんです。写真を見てくださいな。どこが具合わるさうに見えますでせうか。意気揚々といつた感じです。まあ、ありがたいことです。はい。

 それにしても、夜の散歩はまるでラッセルでした。さう、雪を漕ぎながらでないと進めないんです。それでも行きたいといふのですから、たいへん。お付き合ひしてあげましたけれどね・・。案の定、家に入つたら、胸元や尻の毛にこびりついた雪がかたまりになつてぼろぼろ落ちました。

 

ところで、外の景色をたまに眺めながら、今日も「中仙道」執筆に専念、でもありませんが、取り組みました。夜泣き地蔵と茶釜石、それに碓氷神社、そして難問の「百合若大臣の足痕石」のあたりまでです。百合若大臣については、大塚さんが、すでに特別寄稿を寄せてくださつてゐるので、なんとも心強いことこの上ありません。そのへんはおまかせして進んで行かれます。

 

 昨日、『道外百人一首』を手に入れたことを記しましたが、実は、先日から、『寺子屋式 古文書手習い』に続いて、同じ著者の『江戸かな古文書入門』(柏書房)を読んでゐるんです。ちやうど、「小倉百人一首を読む」章で、五種類の版本を比較しながら読んでゐるんですが、みなそれぞれかな使ひの特徴があつて、「江戸かな」の使ひ方がよくわかります。

これまで、『竹取物語』や『土佐日記』、『方丈記』などを読んできましたが、そこに使はれてゐるかなは、もうあれこれ、使はなければ沽券にかかわるとでも思つてゐるのかと思ふくらゐ、多様なかなが使はれてゐました。特に『古今和歌集』は、「伝紀貫之筆 高野切第三種」とか、「伝小野道風筆 本阿弥切」とか、伝本によつて、多様な使はれ方がされてゐて、かなの美を競つてゐたことが素人のぼくにもよくわかりました。ですから、ぼくとしても、これは覚えなけりやいかんのだと努力してきましたが、この江戸時代になると、もう限られた使ひ方しかしなくなつてきてゐるんです。そのことが、詳しく説明されてゐるので、ほつと安心、昨夜もつい夜更しして読んでしまひました。早く、狂歌や『好色旅日記』をすらすら読めるやうになりたいです。

 

さうだ、「いくいく会」と「仙道会」合同の会食が終つたばかりですが、お花見をかねての歴史探訪が四月四日に変更して決まりました。三月下旬は、みなさんそれぞれの街道歩き等が計画されてゐて、少し余裕を持たうといふことになつたのです。「はじめ鮮魚店」さんでの会食を中心に、築地中央卸売市場や浜離宮などの見学がおもなコースのやうです。細かいところは、泉お姉さまにお任せして、楽しく美味しいお勉強のひと時を送れたら幸ひであります。

 

今日の写真:雪をものともせず歩むラム。